2017年06月27日

復興住宅に移り住んだ浪江の人 (真野川の橋の上で話す)


復興住宅に移り住んだ浪江の人

(真野川の橋の上で話す)


復興住宅に住んだ人は日立木に行ったことがなっかのか?日立木という地名がわからなかったのである。日立木に行ったのだがその地名がでてこないのである。
近くの鹿島の地名などは出にくいと思っていた
地名は意外と原町でも相馬市でも狭い地域になるとなじみがないのである。
自分にしても浪江などわかりにくいのである、室原の場所が山の方だと錯覚していたのもそのためである。小高も浪江も実際はわかりにくいのである。

その人は請戸の出身だというとき請戸は港だけではない、広い土地がある。だから南相馬市立病院で同室だった人は10町の畑で野菜を作り昔の平に売っていて財を築いた、表彰されるような優秀な人だったので習いに来ていた人たちがいた
その人は農家の人で大工をしていたという、何か話がちんぷんかんぷんな所があった
大工とか肉体系の仕事の人にはそういうことがある。
小高の一人親方は話がうまいし庭作りもできたし何でもできた、商売さえできる
そのなんでもできることで仕事を広げすぎたということはある

その人はこの辺の事情を知るために車で回っている、人間は浪江となるとまた近くてもわからないことがある。
何か川が木で覆われているので気にして市役所に連絡して木を切ってくれと頼んだ
川が狭いし土手のすぐ近くだから氾濫することを恐れたのかもしれない
でも真野川はもう氾濫しない、洪水にはならない、河川改修したからである。
それまで二回水害にあったから危険な川だったのである。
ここで問題になるのが浪江の人は南相馬市の市民ではないことである。
税金も払っていない、するとそういう要求が市にできるのかとなる
これは避難民が他の市町村に住んだとき起きたことである。
二本松市に浪江の人たちが住む一画を作る町を作るというときもそうである
やはり税金の問題が生じる、税金を納めないとしたら権利もないとなるからだ
そういうふうに今回はいろいろな問題がこの辺では生じた
実際に近くに浪江の人が家建てたり住んでる、でもおそらく南相馬市民になっているのかどうかはわからない、浪江町民になっていて補償金がもらえているからである。

その人は農家であり大工していたという、それで近くに立派な入母屋作りの家のことを言っていたのはそのためだった、その家は大きくて目立つ古風な作りの家だからである。
それは一目見ただけで相当に金がかかっていることがわかる、建売住宅がほとんどなのにこれは違っている、その家は建築関係の仕事しているから金持ちだったのである。
ということは特別注文できる家だったとなる

その人が言うには土地が誰の土地でもなくなってが利用できないようなことを言っていた土地の持ち主が死んだので利用できない、死んだ時点で利用できないと言っていた
でもその土地を受け継ぐ人がいないということはそれは市町村のものになるのである。
身寄りのない人などの財産は遺産は市町村のものになるのである。
なぜその土地のことを言ったのかというとそういう土地が避難区域では増えているということである。誰の土地なのかわからない、権利を消失したような土地が増えている
死んだ人もいて誰の土地かわからなくなっているのである。

空家が増えたのもそうだが土地でも誰の土地かもわからないものが増えたためだろう。
今日のテレビでそうして所有者がわからない土地が九州くらいあるというから驚きであるこの辺では特に増えた、その理由はやはり少子高齢化とか土地が安いとか土地を維持する利益がなくなっている、それで土地を受け継ぐ意志がない人が増えたためだという。
避難区域になったところはまず土地の価値はほとんどなくなっている
ただそこが放射性物質の処理場になるとき価値が生まれる
定期的に収入が入るからである。だからそうした所有者のわからない土地はやがては市町村のものになり国のものなり放射性物質とか廃棄場にされる可能性が高いしまたソーラーパネル場にされやすいのである。または中国人にいつのまにか買われていたとかも起きている、それは北海道で顕著なのである。

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土地に手をつけられないというとき土地所有者がわからなくなっているからだ
勝手に開発したりすると後でもめたりするからだ

そして明治以降土地の私的所有が認められて無数に細かく土地が分割されたのも問題だったのである。
それで開発するにしてもめんどうでできないという状態になったのである。

(所有権の取得時効)
第 162 条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その
占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得す
る。

誰の所有かわからないで放っておくとそれは誰かが利用しているとその人のものになる
何かそういうことがこの辺では空家や空地だらけになっているのだからそういう問題が起きる、市町村とか国で利用しても文句言う人もいなくなる
そこで勝手に放射性廃棄場にされたりするのである。


それから浪江の町長は本宮に新しい家を建てたとか言っていた、浪江に住まないでそんな所に新しい家を建てるのはおかしいとか言っていた、飯館村の村長でも福島市にマンションを買ったとか言われ批判されたこともあった
ただこの前のNHKのテレビではそうではなく狭い借りた家に住んでいるとか写していた
しかしNHKでもそういうことは装うからわからない、実際は違っていてもそうなる場合があるからだ。確かに本宮に新しい家を建てて浪江の復興をするというのも変である。
そもそも浪江の復興は人が住まないとはじまらないからである。
イノシシが街の中を歩いているとかなっているからだ
ともかく小高でもそうだが人が住まないと荒れるだけなのである
だから帰るのは老人だけにしろ住むことから復興がはじまる、だからこれはおかしいというのもわかる、とにかく復興を考えると人が住まないとだめだと思う
老人でも人が住んでいる町と住まない町には相当に差がある
浪江は街中が人がほとんど住んでいないからだ

何か市長村長でもいろいろ言われるのはやむをえないだろう。それだけこれも責任が重くなっているからである
なんとか復興しようとするときその指導するものが別な地域に家を買って住んでいるのかとなると指導される方もやる気がなくなるだろう。
浪江の人はすぐ近くに家を建てたりして住んでいる
空家に住んだ人もいた、浪江の人は今は目立つようになった
ただ浪江は本当に街中に人が住んでいない、小高はまだ住んでいる人がいるからましだとなる、浪江の復興ははじまったばかりである、でもやはりこの復興は長期戦になる
だから確かに近くになれば浪江まで見に行けるから二本松とかとは違う状態になる
身近に感じるからである。
ボーリングして井戸を掘っているのは水が使えないためである。
この辺でも水は飲んでいる人は少ないだろう、自分も飲み水はペットボトルである。
洗濯するにしても水が使えないとなると苦しい、浪江だと山の方が高濃度に汚染されているからだ、だから住むような環境にまだなっていないのである。
そもそも少子高齢化で水道のインフラ維持に金がかかりすぎてもう維持できない自治体が増える
だから浪江とかになるともう水道のインフラを維持できない、他でも人口が極端に減少すると維持できなくなる
そしたら井戸を掘って自家用でまかなうという昔にもどるともなる
原発避難区域ではこうして少子高齢化とかの日本の未来の極端なものとしてあらゆるものが現れているのである。


いづれにしろこういう思わぬ状態になったとき上に立つ人の苦労も大変だと思う
今までは公務員は楽で収入がいいとか地方では言われねたまれたけどここではそういうことはない、それで公務員をやめたいという人がいるのもわかる
様々な問題があり事務処理でも増えるし過酷だとなってしまったからである。
何か外から援助に来た公務員が自殺したなどがあったからだ
それほど追い込まれたということでもあった。
要するに放射能でもなかなか消えないのだから復興は長期戦になる
でも長期戦になるなかで離脱してゆく人も多いし現実若い人は帰らないのである
時間がたつにつれて復興するより復興から遠のいて忘れられてゆくということもある
ただまだ浪江から近くに移り住んだ人は浪江が近くなのだから身近になり復興を考えるということはある、そういう点では近くに移り住む効果はあるとなる

災害のときの公務の業務量は3倍から5倍になります。震災の前から、公務員を削り続けて、普段でも業務を回すのはギリギリの状態でした

クレーム処理のために公務員が存在するような状況になって、どんどん、どんどん、メンタル不全など体調不良が多くなって仕事ができなくなってしまう公務員が増えてしまう

公務員は恵まれていると言われてきたけどこの辺では違う、やめたいとなるのもわかる
特に避難区域になった所はそうである。
クレームが多いということは震災地域では不満が多くなるしその不満の捌け口が公務員になっているからだ。
でも公務員とは気軽な仕事ではなくもともとそういう責任があった仕事だったのかもしれない、市町村民を守る仕事で責任が重いから優遇されていたとなる

つまりこれも今になるとその責任の重さを自覚されたのである。
公務員が倒産することはない、でも市町村自体が倒産の危機になる、そうなるとその責任も重くなってくるのである。その責任を引き受けるからこそ優遇されていたともなる
だから公務員は楽だからとして入って今になって苦しいから嫌だというのは勝手だという意見もあるだろう。
ともかくこの辺では様々な責任が問われたのである。
posted by 老鶯 at 08:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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