2017年06月25日

長野県南部 震度5強 (あらゆることに地歴の学問が基礎にあることを知るべし)


長野県南部 震度5強

(あらゆることに地歴の学問が基礎にあることを知るべし)

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巨大地震が連続して起きた慶長時代とにている

(東北と九州(熊本)に起こり今度は関東へ迫る恐怖)

今回の長野県の震度5強の地震は熊本からつづく中央構造線と関係あるのか?

図を見ればぴったりあっているから不気味だとなる

中央構造線
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何かある時地理感覚が大事になる、地図を見てもなかなかわからない場合がある
長野県というとき長野県の範囲はどの辺なのかというのもわかりにくい、県からイメージするのがわかりにくい、県は広いからわかりにくいともなる
ただ地理はどこでもわかりにくいのである。
自分は全国を隈なく旅したからある程度イメージできる

木曽町が震度5だったのというとき中山道の木曽町に泊まったこともあるからだ。
そして長野県というとき松本市から糸魚川の塩の道は有名でありここを歩いたことがあるそれで糸魚川が火事になったとき長野県の塩の道からイメージしたのである。
でもそこが新潟県だということはわからなかった
富山県との境だった、県からはなかなかイメージしにくいのである。


7世紀に成立した。成立時の範囲は、現在の岐阜県南部と長野県木曽郡
木曽は古代から長野県の中心部だった
ただ木曽というと中山道でありそこから尾張へ名古屋へ出る
名古屋というと信長であり接して美濃があり斎藤道三が有名になる
秀吉の一夜城は美濃国へ向かう途中にある
ここにも名古屋から自転車で行ったことがある、その時夕月が一夜城の上に出ていたのである。

夕月や美濃に接して一夜城

これもなんか不思議なの感覚だった、これも地理の感覚がわからないと実感しない場所だったのである。

そして長野県と接して山梨県がありここは甲斐であり武田信玄の騎馬軍団である。
それで飯田線を一両の電車が走っている、あそこも線としては長いが本当に人が乗らないのである。
長篠駅がありここで武田の騎馬軍団が信長の鉄砲隊により武田は負けた
その長篠から豊橋にでると東海道であり名古屋なのである。
ただここまで出るには飯田線は長いから時間がかかった、長野県には相当に辺鄙な所がある、だからここも山深いからわからない所がある、御岳山がありそこに玉滝村があるが
ここが震度5だったとある

地理を理解するにはまず地図を見てもわからない、やはり鉄道でも旅するのが一番だとなる、ある程度の輪郭がわかり実感するからである。
地理がわからないと歴史もわからないしまた地震があった、どこだとなりそれがどういう地点なのかもわかりにくい、木曽町辺りから震源地となり回りに拡大した
ただ長野県は山梨県とは違う、それも混同しやすいのである。
静岡県まで影響があったがそこは徳川家康の三河である。
尾張と三河は接している、このように地理は歴史的なものからもイメージしているのである。

地震と何の関係があるのかともなるがやはりその場所がどういう場所だったのか実感するには地理感覚が必要になる、それは地図を見てもわからないのである。
だから長野県と富山県や福井県のことがわかりにくいのである。
おそらく歴史的に信長とかには興味があるからそこから美濃とかをイメージして長野県もイメージしているのである。
それで地歴という造語は的を得ていた、地理と歴史は一体なのである。
それは地震のようなものでも関係してくる

東日本大震災でも太平洋岸が地理的に一体の地域だと地理的にも歴史的にも認識したのである。古代に多賀城がありその時同じように大被害がこの地帯にあった
貞観津浪でありそれは相馬市でも海岸から奥にボーリンド調査で津浪で運ばれた砂が発見されたのである。それは今回の津浪が来る前の7年前のことだったのである。
その時そのニュースに注目している人は少ない
相馬地方では津浪など来ないという確信までになっていて逃げない人がいたからである。それは老人に多かったのである。

地歴というとき長い時間感覚で見るものである、それが欠けたいたから今回のように備えることができなかったのである。
ただこれだけ自分が旅しても地理の感覚を養うことはむずかしい。東北とかだとある程度わかるにしてもそこから離れると地理的一体感がなくなるからだ
そして日本の地形は山が多いから余計にわかりにくいのである
福島県の地理を知ることだけで容易ではないのである。

いづれにしろ地理は地図を見ただけではわからない、立体地図を見てもわからない
その地を実際に歩まないとわからないのである。
土地の高低などもわかりにくいからである。電車だと土地の高低はわからないのである。車だと電車よりはわかるかもしれない、電車だと峠でもトンネルを通るから峠を越えるという感覚がなくなる、福島市に出る所に峠駅がある、そこで力餅というのも売っている
それは峠を越えるために売られていたのもである。
その峠を越えると福島市に出るからそこではある程度峠を感じたのである。
でも日本で地理を知るには山が多いから峠を実地に越えてみないとわかりにくいのである
この地理はあらゆる学問の基礎を成すものである。例えば官庁に勤めていて全国の市町村のことを知るためには単に数字として統計として知るだけではなく地理を知る必要が出てくる、将来消滅する市町村とかあるがそれもやはりその地理的な場所がどういう所か知る必要出てくる。それを一回も行ったことがないならイメージできないのである。
自分は全国を旅したからなんとか全国の市町村でも地理的にイメージできる
だからこの辺で除染とか工事関係で全国から来た人とちょっと話したときその場所がある程度イメージできるから話して通じることができたとなる

それは外国でも一回行った所はイメージしやすいのである。ベトナムかとかネバールとかは行ったからそれでイメージしやすい、スリランカは行っていなくてもインドに行ったからイメージする、ヒンズー教の寺院が多いことも知っているから共通点がある。
ドイツにも行った、そこでケルンに裁縫関係の人がソビエト連邦時代に8年間とかいたというときも話をあわすことができたのである。
ただ日本でも広いし地形が複雑だから地理を知ることは容易ではない、ましてや外国になるともうお手上げだとなる、それでも大雑把な所を知っていれば実際に行っているとイメージしやすいのである。

posted by 老鶯 at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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