2017年06月23日

豊田真由子衆院議員、精神的に不安定となり入院 (人格形成の失敗、人格障害?)


豊田真由子衆院議員、精神的に不安定となり入院

(人格形成の失敗、人格障害?)


東大出でハーバード大学出でも人格がだめになるのか?学歴とかと人格は性格は違ったものなのか?
まず東大とかハーバードととなる普通の人はなぜそんなに利口なのかと考える
人間はどこの大学が出たとか一生つきまとっている
学歴を目安にする、学歴に一生こだわる人もいる
病院で入院して老人が学歴を自慢していたとかいる
いつまでも大学のランクにもこだわる、人間は何んでも比較して優越感をもちたいのである。

ただなぜ人間は例えば体力がありスポーツに秀でていてもまた人格が形成されるとは限らない、結局、人間が奢ること傲慢になることが人格をだめにする一番の原因なのである。一方で頭がいいとかスポーツマンとか優秀なことが悪いことではない
みんなそういう人に憧れているからである。
自分は体力も知力も普通よりだめだった、だから高校でも集団生活になじめないとかわがままであり体力もない、何かいいものがなかった
でも今になると三流大学でも良く入れたなと思う
高校では卒業もできないくらいだったからである。
ただ自分は勉強の仕方が悪かったこともあった。
やはり勉強というとき勉強の仕方がかなり影響してくる
でもやはり東大とかハーバード大学となるとなぜそんなに勉強ができるのかと理解できなくなる

人間は学歴だけではだめである。ただ理系と文系は根本的に違っている、理系はやはり何か頭がいいとみる、違ったものとしてみる、文系の頭がいいというとき文系はたいしたことはないとみる
ともかく人格形成を考えるとき若いとき成功しすぎるとかえってゆがんでしまうだろう。恵まれた環境でもそうである。
金持ちで遊んで暮らせるとかなるとまたおかしくなってくる
江戸時代の映画だと旗本の息子がとんでもない悪さをするがそうなりやすい
つまりあまりにも恵まれた環境も人格形成にいいとは言えない
社会で苦労した人間はやはり人格的にできてくる
でもまたむずかしいのはあまりにも苦労しすぎると人格がゆがむ
そういう人を知っているけど人の不幸を絶えず喜ぶようになっているのである。

ただ人間は狂気になって終わるというとき人格そものものがまともな人がいるのだろうか?
人格を見ると必ずいい面があるとするとそれは悪い面になる、勝気な人は意志が強く何かをできる人である。でもそういう人はまた他者に同情しないとか奢るということもある
でもそういう人は何かできる人なのである。
一方で性格がおとなしい人は控えめであり何かを成すことができないのである。
性格は老人になると極端化してみんな狂気になってゆく
もともとバランスのとれた人格になることはむずかしい
強気の性格で謙虚な性格になることがむずかしいのである。

ともかく自分のあった人間のことを書いたが人格障害者になっていた、すでに60近くでも年数を重ねてもかえって人格が悪くなっていて狂気化していた
それは子供時代しか見ていないからわからなかったがいろいろ人生の中であり異常化して人格障害になっていた、ただそれは外から見てわからないものである。
でもどこかでその異常性が露見する
人間はまともバランスをとれた人格をもつこと自体そもそも一番むずかしいだろう。
それは学問しても作れない、人生経験の中でしか作れないからである。

そもそも人間はこの人は極端だけど人格障害者が多くないか?
人格障害とは何かかたよってしまうことなのである。自分だって何らか人格障害をもつ
性格が内向きだからそれが極端になると社会とも人とも交わらないとなる
ひきこもりになるのである。実際自分は三十年間くらい社会と交わらなかったそうなる
それは家庭環境が恵まれたからそうなったのである。
普通だったら働かざるを得ない勤めざるをえないからである。

いづれにしろ人間の一番の危険は奢ることにある,だから若いときそういう立場にいると危険である。若いとき高い地位につくのは奢りとなり危険である。
また頭がいいと奢ることは危険である。事業に失敗した人は別に高校出くらいだからたいしたことはなくても理系であり資格をもっていたから自分は経営してもできると思っていたのである。ところが理系として技術者としては優れていても会社の経営となると全く別な能力が必要になっていたのである。
でも奢りがあり自分がなんでもできると思い事業に失敗した
そして人格的にもゆがんだものになっていった

確かなことは若いときは失敗したほうがいいし挫折した方がいいし下積みで苦労した方がいいということである。若いとき有名になったり高い地位につくことを望む
それが奢りになり人格障害になってゆく、自分は三十年間隠者になっていたけどそれで良かったともなる、ただその結果としてマイナス面があり介護とかなり苦労したとなる
人格形成というときそれだけいろいろな要素が働くからむずかしいとなる
神は砕かれた魂を望むというときそうである。若いときは一度でも徹底的に打ちのめされた方がいいのである。まず成功しすぎたりあまりにも恵まれすぎると人格が形成されない奢りになるのである。

人格障害というときこの世の中、偉い人と言われる人にも多くないか?
政治家でも弁護士でも医者でも理系の人でも人格から見れば異常的になっていないか?
医者はどうしても今では一番もちあげられるから傲慢になりやすいだろう。
看護師などもそうである。常に弱者を相手にしているから傲慢になってゆく。
すると必ず患者を見下すようになる、謙虚な心はもてないのである。
ただ底辺層でも絶えずおとしめられていると心がゆがむ、だからどっちにしろ人格形成がうまくゆくのがむずかしいのである。

世界は病院である


この世は狂気にいたり滅ぶ

posted by 老鶯 at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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