2017年06月09日

若い人は自分が何に向いているか知るべき (体力がすべての基礎であるのは変わりない)


若い人は自分が何に向いているか知るべき

(体力がすべての基礎であるのは変わりない)

勉強で上位の大学入るより 
スポーツやその他の手に職系でプロになって飯食う方がよっぽど難しい 
勉強よりスポーツ等の方が下という価値観は子供にとって間違いなくマイナス 
彼らは勉強して学歴はありますよっていう一般人よりは才能も努力の有無も何もかも上の存在なんだよ 
自分に能力がないって奴こそ勉強しないと駄目 
スポーツとかは逃げ道に全くならないし、むしろ勉強する事よりも厳しい道だと教えないといけない

人間は自分のことがわからない、自分がどんな人間なのかわからない、それがわかるのは老人になって死ぬ時やっとわかるとかなる
そこが人間の弱点である。人間は若い内はなんでもできるような錯覚になる

自分が何に向かって努力していいいのかわからない

それが致命的なのかもしれない、中学生で花に興味があり農業関係の高校に入るという中学生は目的意識があるからそれに向かって努力することができる
しかしそういう明確な目的意識がもてないで高校でも大学でも入る
ただ上から受験戦争で勝ち抜きいい大学に入れば大企業に入れるとかで勉強が強いられる何に向かって努力していいかわからないから学問も職業でも身につかないとなる
それはまた自分自身がどんな人間だかわからないからそうなる

勉強よりスポーツ等の方が下という価値観は子供にとって間違いなくマイナス 
彼らは勉強して学歴はありますよっていう一般人よりは才能も努力の有無も何もかも上の存在なんだよ 

まず人間は体力なんだよ、何をするにも体力が先にある、先天的に体力の差が大きい、
スポーツができる人はやはり生まれつき体力に恵まれている、その差が知力などより大きい、知力がある程度は努力すれば平均的なものは身につく、でも体力は身につかないのである。
だからスポーツできる体力ある人は学校でも最初から恵まれているのだ。
体力ある人はすでに意志と根性が備わっているからだ
第一人間の歴史でなぜ軍人が兵隊が高い地位についたのか?
ローマ帝国でもそうだがコロッセウムなどでも強い人間が選ばれた人間となったのか?
それは体力が戦争するには一番必要だからである。
日本だって侍は体力があるものがなるのでありそれは最初の支配階級になった
官僚は知力の人だが武士は体力がある人がなっていたのである。
武芸に秀でたものが重んじられていたのである。

自分に能力がないって奴こそ勉強しないと駄目 

本当にそうである、インターネットではいろいろな経験談を聞けるし似たようなことを言う人がいるので参考になる
自分は体力がないと自分を知ることが大事だった
そこが出発点としてではどうするのか?知力をつけることだ、そうしないと社会では自分は生きていけないと自覚することだった

体力というとき職人でも建築関係でも体力がないと勤まらないのだ。
大工なんかもそうである。自分が知った大工さんは体が自分などと全然違っていた
ちょうど柔道何段かの体である。太っていないが体の強さが違うのである。
だからうらやましいと思った。農業だってそうである。趣味的農業だって体力がいるのである。女性は耕すことを男に頼んでいるのである。つまり基本的に肉体労働は体力が基礎としてないとできない、もちろん機械化しているから力仕事はなくなるということもある
でも人間はやはり体力がないと人生を生き抜けないだろ。
なぜ男女差別が生まれたのか?男が体力的に勝っていたからである。
まず戦争できるのは男であり女はできない、世界史的にも戦争の繰り返しでありその戦争に勝ち残らなければ民族も滅びる、それに打ち勝つには基本的に体力が必要になる
女はそれができないから男が戦争で勝つことにより女は守られてきたのである。

人間は文明が発達すると体力ではない、機械の時代になると知力が優位になる
肉体労働は低いものとして見られる、それも確かだがやはり人間は体力があって何かをできる、遊ぶにしてもそうなのである。
登山とか自転車旅行とかでもそうである。これも体力ないとできないのだ
世界旅行でもそうである、これもバックパッカーになるときつくなる
自分は登山は途中であきらめた,負担が大きすぎるのである。自転車旅行は休み休み行けるからやれた、それでもやっとしてきたのである。

自分の姉は体力があった、全然違ったタイプだった、だからこそシンガポールで四年間従軍看護婦として勤めることができたのである。
それから家で店をやっていたとき古い自転車で農家から野菜を積んだ来たのだけどそれがかなり重いのである。でもそれを持ち上げ運ぶことができたのである。
昔になればやはり女性でも体力ないと生活できないのである。
農家などは特にそうであり美人より体力がないと仕事ができないから困るのである。
それで美人は遊女にされて美人でなく体力が女性は紙漉きにされたという、紙漉きは過酷な労働だったからである。
常に人間が生きる基礎になっているのが体力なのである。


知力には向いている人と向いていない人がいるとかある
でもむしろ体力がありスポーツに向いている人はまれだということもある
スポーツに秀でることこそまれだともなる
そうなると知力でもって生きることになるから勉強しなければならないとなる
知力はある程度は努力して積み重ねればつくことがある。
自分はその成果を今出している、それは天才でもない能力がなくても積み重ねたものがあるからだ。旅などでもこれも積み重ねなのである。だって本当の旅をするには時間がかかるからだ。するとそれだけの時間が必要になるからだ。
一気に全国を旅はできない、そうして旅をして知見を広めることができるのである。

とにかく人間は何かを蓄積している、雑学でもそうである。経験でもそうである。
一人の一生を見れば必ず何かを蓄積している、だから知見とか洞察力とかなると老人が優れいているのだ、若い人は体力があっても知力はつかないのである。
自分も若いとき本を読んでも理解できなかったのである。今になればすぐに理解できるのでてある。そして独自の見解を述べることができる
それは積み重ねたものが蓄積したものがあるからできるのである。

結局今度は老人になっても体力勝負になる、老人の体力は若いときの激しいスボーツをする体力ではない、健康を維持する体力なのである。
もう60代で病気になり脱落する人もある、その人は激しいスポーツをできた人でもそうである。必ず病気になり体力あった人もたちたち死んだり病気になり何もできなくなる
自分は何か姿勢でもいいし若く見られるのも不思議だとなる
20代で老成化して60歳くらいに見えていたからである。だから20代と今の姿が変わらないのである。

自分がなぜ体力がないのにそうなったのか?
それは環境に恵まれた結果なのだ、勤めていないし疲れたときは寝ていたし無理をしなかったからだ、会社に勤めていれば無理しても働くから鬱病にもなるのである。
人間は環境因子が遺伝とかよりその人を左右することは確かである。
才能ある人も環境恵まれなかったら貧乏でピアノもないとかパソコンもないとかなると才能が伸ばせるはずがないののである。
一方たいして才能がなくても自分のようなものでもそれなりのものが身につくことがある環境というとき時代もある、戦争の時代になったらもう才能もなにもない、ただ兵隊の駒として過酷な戦地で戦わされたからである。人間は必ず時代の影響を受けるのである。
これはどうにもならない、みんなその時代時代必死で生きる他ないのである。

いづれにしろもう老人は結果がでたのである。もう人生をやり直すことができないことを知り愕然としているのだ。時間は返ってこない、いろいろ嘆いてもそうである。
時間だけは後戻りできない、例え10億円もらっても若い時には帰れないのである
貧乏でも何か積み重ねて蓄積されることはある、でも老人はもう10億円あろうができないのである。経験だってできないのである
自分も50代に海外旅行していなければ今になるとできない、退職してから自由になりできると思ってもできなくなる、何か60代以降病気になったり介護になったりできなくなることが多いのである。確かに60代のパックパッカーもいたけど何かそぐわないのである。
バックパッカーは40代までが限度でありやはり若いときにするべきものなのである。
若いときしかできないことが多い、登山などもきついからそうである。
そして若いとき求道しないものは信仰にはいたらない、老人から宗教を求めるのは遅いのである。それはただの慰めにしかならない、若いときできることをしないともう遂に何もできない、後悔だけが残り終わるのである。

いづれにしろ今の時代は一流大学とか入っても意味がない、文系だったら東大さえ変わらない、それより何か目的意識をもって勉強すれば身につく
それはいろいろな勉強方法が生まれたからインターネットなどや豊富な映像でも学べるからである。大学の価値はもうないような気がする、文系の場合は独学力をつけることである。そういう環境がすでに調っているからである。大学という名にこだわる時代は終わったのである。知力の面からすると大学は文系の場合は無駄だとなる
ただ大学には何か別なものが友達を作るとか遊びで人間の幅を作るとかスポーツで体を鍛えるとか知力だけでないものを培う場所としてもある。
だから教育は変わってゆく、大学の名は一流もなにもない、文系なら特にそうである。
むしろ一流の料理人でも目指した方が得策となるのが現代である
時代が変わると価値観もがらりと変わるからだ、ただ体力だけはやはりどんな時代でも基礎として一番必要なものなのである。






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