2017年06月03日

原発安全神話の洗脳に加担したマスコミ (福島民報は県が50パーセント出資している官報だった)


原発安全神話の洗脳に加担したマスコミ

福島民報は県が50パーセント出資している官報だった


日本は戦争に勝つ
日本は戦争に勝つ
日本は戦争に勝つ
日本は戦争に勝つ

日本は戦争に負ける

原発事故は起きない
原発事故は起きない
原発事故は起きない
原発事故は起きない

原発事故は起きる

ヒラリークリントンは勝つ
ヒラリークリントンは勝つ
ヒラリークリントンは勝つ
ヒラリークリントンは勝つ

トランプは勝つ


人間の心理として何か常に洗脳されることがある、それはメデアを通じて成される
カルト宗教団体でも洗脳が常に行われている、それは宗教とは関係ない、洗脳なのである嘘も百回言えば真実になるとか洗脳として行われる
それでナチスがゲッベルスがその洗脳を担当したのである。

洗脳というときむずかしいことは言わないことである。大衆を洗脳するにはむずかしいことを言っても通じないからである。
戦争が悪いとか戦争がしていいのかとかそうした疑いをもたせない
ただ戦争は勝つと唱えさせていればいいのである。

原発で安全神話が形成されたのもその安全の中味については問わせない洗脳だったのである。
それはマスメデアを通じて成されていたのである。

福島民報が県で50パーセント出資しているとかでもわかる、県は国と結びつきその安全神話を作った側だったのである。福島民報は聖教新聞も刷っているから全く権力側につくから国とか県側につく洗脳メデアなのである。
なんか自主避難でも福島民友は同調しているが福島民報は県の方針に国の方針にそって帰還するべきだと言うだけだとなっている
別に自分は自主避難は何なのか?放射線量がそれほど高くないのになぜ避難するのかのみこめないことがあった、だから自主避難には疑問をもっている
ただそれでも自主避難はだめだということがあってもそれ一方になることがメデアの問題なのである。だから福島民報と福島民友で違った意見になることはいいことなのである。それが常に民主主義なのである。必ず賛成するものと反対するものがある
その両方を取り上げることが民主主義だからである。

ともかく大衆を操作するには洗脳が効果的なのである。だからナチスがラジオによって洗脳されたという時もそうである。ラジオがそんなに効果があったのかと今では思う
テレビはそれより効果的だからである。
テレビで原発が安全でないとか放送されていただろうか?
例えば本は原発は安全ではない、危険だと警告する人がいた、原発は東京に作るべきだという本を出した人がいた、なんかその時自分は近くに原発があるのに関心がなかった
関心をもたされなかったともなる
その本をなぜ自分はSF小説のように見ていた、空想の世界だと思っていたのである
それもそういうふうに洗脳されていたからだともなる
原発が危険だと言う人はいたし本も出されていても関心がない注目されなかった
それは科学的にも科学者でも原発の安全性に疑問をもつ学者はいたのである。
でも「安全神話」は権力で持って強固に作られていたから洗脳されていたから疑問をもつことさえゆるされなかったのである。

マスメデアは全部左寄りでも朝日新聞でも東電に事故が起きたとき幹部が招待されていたように安全神話に加担していた、福島民報も民友もそうである。
ジャーナリズムとは何か?そのことも原発事故で問われた
ジャーナリズムは本当は権力を監視するものがベースにある
常に本当は反権力の立場にたたなければならない、なぜなら権力をもつものを監視するものとして三権分立が生まれた、マスコミもまたその権力を監視するものとしてあらねばならない、権力は危険なものだからそうなる、権力をもつと人間はその権力に魅せられる
なぜなら権力によって人を支配できるからだ、それで裏で金を操作しでこの世を支配しているのがロスチャイルドとかロックフェラーだとかユダヤ人とかなんとか陰謀論になる
それは現代の最大の権力が金になっているからである。

例えば反権力というときカルト宗教団体も実際は監視しなければならないものである。
なぜなら創価でもそうだが政治家して権力を追求しているだけだからである。
会員を増やすのも権力をえるためでありそれ意外なにもない、宗教的改心とかそんなことを言っていたら誰も入らないだろう。そんなめんどうなことではない、ただ得しますよ、ご利益がありますよという利益を説くだけだから入るのである。
だから宗教団体はみんなうさん臭いのである。政治にかかわりそこで権力を操作する側になり利益を得ようとするだけなのである。政治家もただそこが票になるから利用するだけなのである。

マスメデアにしてもそうした巨大な権力側につく、監視する側ではない、国とか県側につき大衆を洗脳する操作する側につくのである。だからそこにもうジャーナリズムとして期待するものは何もない、ただの官報にすぎないのである。
実際に県が50パーセント出資しているのだし聖教新聞も刷っているし東電などからの宣伝費も入っているとなるとそれは何なのだとなる
だから県民でもそんな新聞に何を期待するのか?
原発事故を起こした原因はマスメデアにもあった、そのマスメデアはもともと大衆洗脳のためのマスメデアだったのである。

まずニュースとしてもとりあげるものととりあげないものがある。
原発では度々小さな事故があってもその報道は小さいものとなり何か危険を喚起しない
みんなもの関心をひかないのである。
要するに原子力のことがわからなくても

原発は危険だ
原発は危険だ
原発は危険だ
原発は危険だ

こういうふうに見出しでも目立つようにしていれば大衆でも危険を感じるようになったかもしれない、そういうこが心理的にあるのだ
それがただ安全だ安全だというものしか目にしないし危険だということはおさえられていたのである
マスメデアが宣伝費が成り立つとき出資者が県が50パーセンとなのだから当然だとなる
だからみんなのための報道というとき何なのかとなる
そんなものを作り出せるのかとなる、でもそういう報道がないとするとどうなるのか?
前の戦争のように300百万人死んだとか、今回のようなとりかえしつかないものとなる
その被害が民衆に及ぶ、それを今みんな実際に被害者となっているからこの辺ではなぜ原発事故が起きたのかを真剣に考えて反省せざるをえなくなっているのである。

その責任の大きなものがマスメデアにもあったからだ
マスメデア側にしても自分たちはただの民間の一会社でしかない、だから利益をあげて穏便であればいいともなる
つまりマスメデアでもメデアは民衆の側でそうした権力の監視を真実の報道を望まなければ生まれないとなる、だから民主主義でも民衆側が賢くならなければ機能しないのである
技術的にインターネットなどが生まれてそういう反権力の報道も可能になっているが洗脳メデアとしてまだマスコミは力をもっているのである。
だからトランプがどうであれマスコミがあれだけ批判していたのに大統領に当選したことは画期的なことだったのである。
何かその後のトランプ大統領を弾劾するとかのニュースでもアメリカの方が権力を監視するということではその機能を発揮している、日本では非常にそうしたマスメデアの自立性がないのである。

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