蝋梅(百歳の間(続)
蝋梅に風花舞いてそのあとに日さし静けし百歳の間
風花の駅に舞いにし待つ人の今日はなしかも我が帰り来る
百歳の間
我が母の百歳生きぬ
我が介護せしその間や
今年も蝋梅咲きぬ
今我ここにありしも
石一つ庭にありぬ
我が母の嫁ぎて七十年
ただ働きてつとめぬ
母はか弱く地味なる女なり
大正生まれにしてただ働きぬ
我、今百歳の間にありて
この家を一人継ぎぬ
我なおも家族をしのびつつあれ
百歳の間にあり長く生きてあれ
つつがなくも長くも生きてあれ
そして供養するが勤めなるかな
母は自分の家に嫁いでもいいとは言えなかった。この家の事情でそうなった。
ただ働くだけだったのである。だから何か欠けていた。
働くことがいいということはあってもそれが度が過ぎると人間は異常になり狂気にもなる花にも何にも興味もなくただ働く人間は蟻になっていたのである。
蟻の一生だったともなる
ともかくそれぞれの家族には何かしら問題があったり事情があったり何かある
それぞれの家には家風があったり代々つづく家では歴史があり伝えられる
ただなかなか他人の家の事情はわかりにくいのである。
まず自分の家は複雑で他者にはわかりにくい
でも何か家には物語が生れる、代々つづく家だと余計になにかしら物語が生れる
家の価値は単に建物というだけではない、そこに何か家族の物語が生れるのである
「百歳の間」というときまさにそうである。
百歳生きる時代の象徴としてそういう物語がここだけではない生れているのである。
ただ母がこの部屋にいたのは介護している五年間くらいだったのである。
それでもそれが記念として残されたのある。
何かしらぞこの家でも物語がありそこにその家の価値がある。
だから家というのは単に建物だけではない、だから簡単に壊して何もないものとはできない、そこに原発避難民の問題があった。
家は単に建物ではない、家族の物語がある場所でありそこから離れることはそうして作られてきたアイディンティティを喪失することなのである。
町にしても村でも一軒一軒の家がそうした物語をもっているから価値があるとなる
だからこそ老人は故郷に自分の家に帰りたいとなるのである。
逆にその家になにかしら悪いことがあると呪われているとか嫌がられる、価値が低くなる
自殺したり何か嫌なことがある家は価値も低くなり人も住まないというのは当然なのである
家は単なる建物ではない、何かを物だけではなく心を受け継いでるからそうなるのだ
今日の駅には夕方にあわててタクシーに乗りたいという人がおりた。
よほど急いでいた、大きなバックをもって歩いてゆくという
タクシーには先約があって乗れずに待つと時間がかかるからと六号線の方に歩いた
自分も案内した、その間もタブレットで連絡していた
途中で迎えにゆくという連絡あったので自分も帰ってきた
こうして鹿島駅で何かしら用事があり役に立つことがあるもんだとなる
ボランティアの駅員として用事があるのもいい
何も役に立たないとした行ってもつまらないとなるからだ。
今日も風が吹いて風花が舞っていた、この辺は雪はほとんどふらないけど風花は舞う
そして山の向こうの飯館は雪雲に覆われているのがこの辺の冬の景色なのである。
蝋梅の間、百歳の間