2017年01月06日

故郷に帰れないと嘆くのも因果応報、カルマだった (原発事故の結果楽を求めて苦を受けた?)


故郷に帰れないと嘆くのも因果応報、カルマだった

(原発事故の結果楽を求めて苦を受けた?)


この辺では本当に原発で働く人が多かった、原発がある双葉とか大熊とかそこから近ければ近いほど原発で働く人が多かった。だから浪江は相当に多かった。
南相馬市では小高は多かった。原町でもそれなりにいたが数はわからない
原町には工場もあり働く場所があったからだ。
相馬市となるとやはり原発は遠いから働く人はほとんどいなかったのかとなる
大内村は原発が見える位置にあり近かった、三分の一が原発で働いていた。
すると結構豊かな暮らしをしていたとなる、もし原発がなかったら限界集落のようになり過疎地域になっていた。原発があったから村が成り立っていたともなる
だから原発で働いていた人はみんな東電を悪く言えないんだよなと言っている
実際に東電で働くことにより生活が成り立っていたからである。
家を建てたとかなるとそうなる。東電が原発があって恩恵があったのである。

それが事故で一転した、その変わり方はあまりにも激しかったのである。
そこで問われたのは原発が悪いものとなり被害を受けたことである。
原発で働いたことが悪いとまでなってしまった。
そうなるとそうして生きたことの価値まで否定された
それは子供にも俺は東電で働いて家建てたんだよとうことも自慢できない
人生そのものを否定される

現実に息子や娘が子供が故郷を捨てて流出するとき、それが具体的に示されたのである。なぜ親を捨てて出て行くのかというとき

「お父さんは原発で働いていたけど原発なんかいらなかったんだ、そんなところで働くこともなかったんだ、こんな放射能汚染地帯に住めないよ、お父さんたちがそうしたんだよ、出て行くのは当然だよ」

こんなふうになってしまったのである。それは自業自得のカルマだったのかとなる

そしておばあちゃんとかが故郷に帰りたいと泣いているという、金をもらってもありがたくない、故郷に帰りたいと泣いているという。
だからこれも何を意味しているのか考えさせられる

というのは何度も書くが小高の人がもう80歳くらいになる人が親に

「農業だけは継ぐな、やるな」と殴られたというからだ。

このことは何を意味しているのか?ここに重大な過ちがあり原発事故へ結びつく原因があったともなる

もしこういうことがあっても

「農業は苦しい、金にならない、でも懸命にやればここで生きていける、この土地と共に生きていける、息子よ、苦しいけどこの土地を大切にして農業をやるのも生きがいだよ
金だけが人生ではない、苦しいけど今ならそれなりにがんばれば暮らしてはいける」

こんなことを息子に言っていたらどうなるのか?
これは漁業にも言えた、漁業だけでは暮らしが成り立たないと東電に漁業権を売り渡して贅沢をしていたのである。それは事故後もそうである。
漁業というのもどこでも跡継ぎがないとか生活できないとか農業と同じだったからである
双葉とか大熊とかは原町から離れていて働く場もなく出稼ぎに出ていて現金を稼いでいた場所である。
それで原発が政治家によって誘致されたのである。
お前には現実の苦しみなどわからないのだといえばそれまでである。

ただ人間はつくづく因果応報がある、自分もここ十年の介護でその因果応報、カルマを受けた、これは本当に苦しかった。なぜ病気なのに介護してさらに自分にかかわった人たちに責められるのか、本当に過酷だったのである。
同情は一切なかったからだ。それより弱みにつけこまれるだけだったのである。
そういうことも自分が結局楽しすぎたカルマだったと今では思う

そういうことは原発事故でも言える、原発は働く場となり楽をさせた、でもその楽が裏目に出たのである。原発は給料が高いし交付金も高く経済的に楽をさせたのである。
その楽が今度は苦になったともなる
そして息子や娘に言われる

「こうしたのはお父さんやおじいちゃんなんだよ、こんなところに住んでいられねえよ、俺はここを出て行って外で暮らすよ、子供いるし放射能を嫁が恐れているからな

これが因果応報なのか、故郷に帰りたくても帰れないとおばしちゃんが泣くときその息子でも子供でも故郷を壊したのはお父さんやおじいちゃんなんだとなってしまう。
それでも別に知っている人は名取に家を建てて親を暮らせるように部屋まで作っているから薄情なわけでもないのである。
ただ故郷に住めなくなったとうことなのである。
その原因はたどればそういうことを作り出したものが親や祖父にあったとなる

つまりカルマというとき因果応報というとき自分だけ一代で作り出すものではない、祖父母であれ先祖が作り出しているものを次の代のものがその因果をカルマを受けるのであるそれは悪いカルマだけではない、いいカルマも受ける、原発だってではそれで稼いだ金で大学とかに行った人もいるだろう、子供も恩恵を受けていたからだ。
そしして子供は別に故郷を出て外で暮らしてもそれほど苦痛でもいなということがある
やはり一番苦しみを受けたのは親である。帰りたくても帰れないとおばあちゃんが泣いているときそうである。どうしてもなじんだところに年寄りは住みたいからである。
若い人はそういうことをあまり感じないからである。

そうはいっても今は原発事故がなくても全国に散らばり住むというとき故郷にいつまでも住めるとは限らない、実際に近くでも病気になり娘の所に都会に引き取られたとか普通にあるし増えているからだ。だからこれは原発事故があったからだけだともいえない、こうした社会状況も影響している。
ただ人間には必ずなんらかの因果応報が必ずある、カルマを受ける、それは個々人でもそうだしその地域でもそうである。
そういうことがあからさまに具体的に現れたのがこの辺だったのである。



posted by 老鶯 at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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