2016年12月30日

一億総ひきこもり時代 (ネットがそうさせたのか、内面化文化志向の時代へ)


一億総ひきこもり時代

(ネットがそうさせたのか、内面化文化志向の時代へ)


仕事や買い物などで外出する人の割合はこの30年間で最も低くなったことが国土交通省が行った調査でわかりました。国土交通省は高齢化に加えて、インターネットの普及などで20代をはじめとする若年層が外出しなくなっていることが影響していると見ていますhttp://saigaijyouhou.com/blog-entry-14852.html


交通渋滞とかほとんど遭遇しなくなった 
クルマ自体少ないんだろな

買い物で外行くとろくなことが無いからな 
目当ての商品がない店とバカな店員、クソみたいな客 
通販で買うのが一番良い

まあ近場なら出るけどそれ以外はネットの方が楽だからね

観光地はそれで避けるようになった 
この前、沖縄本島に寄ったら中国人だらけで駄目だと思った 
観光客だけでなく店員も中国人になってしまった 
場所によるけど旅行はオワコンだね

外出ても金が減るだけで、つまらないしいいことないし。 
ネットしてるほうが金使わないし楽しいし 


外出しないとかなら旅行でもそうだが老人ならわかる、でも若者もそうなっている、それはなぜか?
インターネットの影響が大きい、買物でもコミニケーションでもネットでする
ネット通販は便利すぎる。この前も掃除機買った。
1014年型だけど十年前以上の使っていたからいいものだったし安かった。
量販店で見ても最新式で高くなる、それと自分が一番困っているのは車がないから配達になると有料になる、それで通販がほとんどである。
まずレビュー便利である。レビュー見て買えばほとんどまちがいない
量販店で買ったレンジは3万したけど一万で良かった、いろいな機能は使えなかったからである。
これも店員が売りたいものをすすめるからこうなる。
使った人が一番親切だし正直だし知っている

インターネットは確かに操作するのがめんどうで若者向きだと思っていたがネット通販とかなると老人向きなのである。ボタン一つで何でも配達されるからである。
本でもないものがない、電子本ならこれはまさボタン一つで即座に読める
だから情報的に昔のように都会も田舎もないのである。
だから今は老人にとってはいい時代である。もちろん老人は死ねとか若者が言っているけど老人は大切にされないけど何でも便利だから老人は部屋を出なくても用がたせる
遠くに行かなくてもいいから老人にとっては今の社会は過ごしやすい

第一老人は消費しようにもできないのである。消費が実は投資であると考察したとき遊ぶのだってそうである。遠くに行くのが億劫になるのだ。それは老人であれば当然なのだけどそれが若者でもそうなっていることが現代的でありこれは社会にとっては活気のないものとなりいいものではない、ネットだけでこもっていると本当の自然でも社会でもふれられないということがある。このままゆくと日本は発達障害の人間であふれるかもしれない何かもっと若者はバイタリティあるものだからである。それはとてもインターネットだけでは発散できないだろう。

ただ時代としては若者は金がないとか車にも乗らないとか何か内向きにならざるをえない状況が作り出されているのだ。それはまさに若者の老人化なのである。
老人はたいがい内向きになる,だから外向きの消費はへる、内向きというとき家で過ごしやすくするためにリホームするとかバリアフリーにするとかに金は使う
でも外向きには金を使わないのが普通の老人である。
でも逆に現代では60代で元気だからかえって山は老人に占拠されているとかにもなっている
そういう所でも老人が主役になっているのも高齢化社会である。

自分はもう旅行をしたくない、何か介護とかで消耗して疲れたのである。
日本は若者ですら外出や旅行を嫌うというとき人が多すぎるし今や外国人の観光客も多くなると嫌だとなる、それは普通は若者だったら障害にはならない
でも東京のような人ごみに行くのは今は嫌である、あれだけの人を見るだけ疲れる
もともと自分にはそういう性格だった、でも旅行だけは全国でも外国でも60までしていたのである。
これからもしようと新しいザックを買ったりビデオカメラ機器を買ったりしたがそれも消化できない、使いこなせなくなったのである。
つまり老人は物を買っても消化できない、使いこなせなくなるのである。

どっちかというと知的なもの本を読んだりするのはまだ向いている、老人は内面的なもの内省するのが向いているからだ。老人は引きこもりが向いている。
でも若者がそうなることはやはり社会的に活力が衰退してゆくだろう。
それは若者が老人化していることなのである。
ともかく家の中で何でも用せるとういことは老人にはいいが若者までそうなると社会全体の活力は喪失してゆく、ただ現代は内面化してゆく中世化してゆく時代ともいわれる
江戸時代のようにヨーロッパの中世のようになってゆくとも言われる
だから時代の流れなのかとも思う、ただ日本は活気がなくなり衰退してゆくというときそれは日本の未来にとっていいものではないだろう。

ふりかえると団塊の世代は恵まれていた。自分でも旅行したときは外国人などほとんどいない、旅行しやすい時代だったのである。それが今は日本人が日本を旅行しにくい時代になったのである。これもいいようで日本が観光客で稼ぐという三流国になってゆく兆候なのだろう。
ただ高度成長は活動の時代でありそれが終わり内面化する内省化する時代は宗教でも哲学でも芸術でも興隆する時代になる、宗教といってもカルト宗教は実は高度成長時代の貪欲なもの現世利益追求したものであり時代的なものだった。
これからはそうした物欲とかぎらぎらした欲望の宗教ではなく内面化した宗教になる
だからあんな徒党を組んで活動して政治化はしないだろう。

つまり戦後は何か団塊の世代とともに社会もあった、高度成長もそうであったし老人になると今度はやはり高齢化社会で内面化に適した社会となっているのである。
だから若者までそうした団塊の世代の調子に合わせているともなる
何か欲望むき出しのぎらぎらしたものはないが精神的に成熟した価値を求める
それは結局日本だったら江戸時代への回帰でありヨーロッパだったら中世への回帰になる老人化ということはまた成熟化した内面的価値を求める社会なのである。
戦後は何か騒々しすぎたのである。これから落ち着いて真の価値あるものを求める、作り出す社会になる。文化や哲学や宗教の時代になる、それは江戸時代に回帰したように落ち着いて老人にはいいとかなる、若者にとっても落ち着いて真の価値を追求できる社会になればいいとなる、経済成長だけを求める時代はすでに終わっているからだ。


posted by 老鶯 at 13:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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