2008年08月07日

蝉の声(死の近し)


我が通う病院近し朝の蝉


盆近し墓前清めて朝の蝉

四方より蝉の声して死の近し

夕陽さし六号線に都草


夏の日や大虻暴れ六号線


 
病気は病名がわからないとつくづくどうなっているのか理解できないものだと知った。今日の医者の説明では尿毒症になっているというのでああそうかと納得した。体がまた腫れたきたからである。なぜ眠り続けて反応ないのかもわかった。尿毒症から昏睡状態になっていた。脳にも毒が回っている。それで意識が混濁して反応がない、尿毒症で死ぬ場合もかなりあるから明らかに死ぬとしたら尿毒症である。肺炎の方かと思ったらそうではなかった。もう山場である。あれほど反応もなく眠りつづけることは異常だと思ったからだ。
 
蝉の声というと「やがて死す景色も見えず蝉の声 芭蕉」があるが死を近くして蝉の声が四方からひびいてくる。蝉も多くなったから盛んにひびいてくる。人間いつ死ぬかはわからないが死ぬ時期も人によって違うから命日は誕生日と同じく大事になる。その日は特にその人を偲ぶ日になるからだ。
 
斎藤茂吉の「死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる」あるがこれも遠田ということが焦点になる。遠い田からもまるで死者を送るかのようにその時蛙の鳴く声がひびいてきたのだ。最後にひびく聞こえるものが蝉の声であり蛙の声だった。ともかく原町ではなく一応故郷に帰ってきて死ぬことになる。でも本人は認知症でどこにいるのかもわからない、半年病院にいたから病院内の移動としかわからない、人間の最後はどんな人でも最後の生を惜しむものとなるから普通とは違ってくる。日常的なものが末期の眼で見るようになるから違ってくる。それは本人でなくても他者の死を見つめる場合もこの人は何であれ死んでゆくんだなとなると普通に見るのとは違ってくる。その人がどういう人であれそうなってしまう。人の命の尊さがその時凝集して示されるからである。

 

六号線は国道だから東京から来る人がいる、元気な奴も来る。六号線は他の道路とは違っている。昔の街道なのだ。
 


一句鑑賞 
 
手のうへにかなしく消る蛍かな    向井去来
 
人間は死ぬときは強い人でも小さくなってしまう。子供からすると親はすごく大きな存在だった。それが老人になると小さくなってしまう。こんなに弱い小さい人だったのかと驚く、さらに寝たきりとかなると死ぬようになると息もかすかであり手のひらにのっている蛍の命のようになってしまう。大きな存在も手のひらにのる、蛍のようになってしまう。そしてその掌のなかで見守られてはかなく死んでゆく、その死への変化はあまりにも極端だった。あれほど大きな存在が信じられぬほど小さくかすかになってしまうのだ。人間の最後はみんなそういうものだろう。人間のはかなさは死に接してはじめてわかる。これはくりかえされてきたことだが実際に死を見たり死に直面するのはそんなにはない、家族の死はそんなにはない、人間はこんなにあけないのか、はかないのか、みんな身近な人の死によって再認識するのだがまた忘れてしまうのが人間なのだ。自分も死にはかない存在なことも忘れてしまうのである。
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