2016年10月06日

原発事故の被害は外部のものでも被害者自体が自覚されないなものだった (故郷を失い住めなくなることは想像すらできなものだった)


原発事故の被害は外部のものでも被害者自体が自覚されないなものだった


(故郷を失い住めなくなることは想像すらできなものだった)


原発事故の被害というときその被害というものがどういうものか外部からはわかりにくいたいがい人の苦しみはわかりにくいのである。
介護もしないで妻をなくした人は介護する人でもいた方がいいという、それは自分で介護もなにもしないからそうなる
障害者の子供をもった人でもその苦労は本人しかわからない
原発事故の被害にしても外部から見るとどういうことが苦しいのか、何が被害なのかわかりにくい、そして結果的に原発事故の被害者は補償金をがっぽりもらってほくほくだよなとなっている
つまり何が被害なのか外部からみてわからないからである。
津波だと人があれだけ死んでいるし家もめちょめちょに壊されたりは一目瞭然だった。
ところが原発事故の被害はなんだのか?ただ故郷に住めなくなったことなのか?
外から見るとじゃ軽く億の金ももらったんだから外に移り住めばいいじゅないかと言う人が多い
そして今回の原発事故の複雑さは被害にあった人自体が何を失ったのか被害だったのか自覚できないこともあったのである。

なぜそうなったのかというとそもそも農業漁業林業とか地方でも全体からみれば一割にもみたない生産しかないのである。
常に言われてきたことは農業は金にならないからやりたくない、苦労だけが多すぎるということで跡継ぎもいない、それで子供に農業だけはやるなと親に言われて原発とか土木建築関係で働いた人がいた。
親がそういえば当然子供は農業などやらないのである。それは漁業にもあてはまっていたそこでも跡継ぎは少なくなっていたのである。ただ漁業関係者は原発の補償金で事故前も事故後も潤っていた。だから別に生活に困ることはない特権階級だったのである。
農業はそういうことはなかった。
だから南相馬市の原町区の大原では親が5町くらいの田んぼを作っていたが子供は市役所に勤めて街中に家がありその家には帰らないし猫と一人で住んでいたのである。
そして死んで空家のままだった。
その時原発事故が起きたので田んぼなど米など作らなくても補償金をもらったからかえって良かったとまでなる、収入は市役所で得ているからである。

結局原発事故の被害とは何であったのか?その被害にあった人たちが何を失ったのか?
そのこと自体自覚されていないのである。かえって補償金もらって良かったとかまでなる俺たちは金に替えられないものを失ったとか被害を言うけど何が金に替えられないものなのか?それをでは今まで自覚していたか?ただ農業は金にならない、苦しいだけだとしか言っていないのである。現実農業は割りにあわないのである。苦労だけが多くて金にならないのである。

農業やったこと無い人間はさ、農業はのんびり気楽でいいですなぁ、 
とか平気に口にするけどさ、実態は、そんなもんじゃねーぞ。 
今の時期なんか、草なんか、なんぼでも伸びて、刈っても刈っても追い付かんわ。 
米だって一町歩(3000坪)で100万にもならん、それでいて機械は更新して 
いかないといけない、1円にもならんどころか、赤字でやってんだよ。 
俺がサラリーマンで稼いだ金を農業に注ぎ込む、ほんと、何やってんだよ 
って思うけどな。


農業よりサラリーマンの方が楽だし稼げるわ。 
農業はほんとにキツい、 
今の農業って機械化されてて、楽なんでしょ?とか誤解されてるけど 
手作業でやらなくちゃいけないことは山のようにある。 
そしてそれが、モノ凄い根気が必要で、普通の人には、まず無理だね。 
え?だって70歳80歳の人がやってるじゃん!って反論もあろうが、 
彼らは長年やってるから根気が違う、俺から見たらスーパーマンだ。


極貧地獄 灼熱&熱中症地獄 極寒&凍傷地獄 トゲ山地獄 
ハチ地獄 ブユ地獄 蚊地獄 アブ地獄 ヌカカ地獄 マムシ地獄 
クマ地獄 クモの巣地獄 ウルシかぶれ地獄 アナフィラキシーショック地獄 
白蝋病地獄 騒音性難聴地獄 目にゴミ視力低下地獄 塵肺地獄 
排気ガス地獄 花粉症地獄 腰ヘルニア地獄 チェンソー左足裂傷地獄 
斜面滑落地獄 松ヤニベトベト地獄 カッパサウナ地獄 木激突地獄

農業は過酷なのである。その割には金にならないから誰もやりたくないとなる

では農業なんかやりたくない、それでは何をするのか?その代わりにとなる、原発事故になりそのことも問われた。
漁業の人は補償金をもらって魚をとらない、なぜ自分はここにいるのだろうと何か哲学者のように言う人もいた。
それは米を作らない人も米を収穫したとき喜びが一杯だった。
魚をひさしぶりに海に出てとった人も喜んでいた。
だからそうして農業でも漁業でも否定してきたものが実はその仕事に喜びがあったのである。それを自覚したことは確かである。

それから長年住んだ場所のことである。それは故郷であるがそれを失ったとき住めなくなったときそれで感じたことは何なのか?
それは相当に深刻なことだったのである。それをいろいろ書いてきたけどそのことも被害者は自覚していなかった、第一故郷は普通にあるものであり故郷がなくなるとか住めなくなるなど想像もできなかったからである。
そこで失ったものは計り知れないとういことは本当である。まさに計り知れないのである計ることができないものを失ったのである。それは目に見えて家を失ったとかではない、何か目に見えないもの、そこにあった生きた記憶とかその土地を代々受け継いできた歴史などである。
こういうことは都会ではないのである。都会には故郷はない、自然もないし代々生きてきた土地もないのである。
そもそも都会ではそうしたものをもっていないのだから失うこともないのである。
そこに都会の人が何もそんなに金もらったら他に移ればいいではないかと事も無げに言うのである。つまり田舎のことがわからないのである。
そこに都会人と田舎人が理解できないものとしてあるからそうなる

でも田舎に住んでいる人でも実は何を失ったのか?それを自覚していなかったのである。
何かをもっているから失うのである。何ももっていない人は失うことはない
では何をもっていたのかということが良く自覚されていなかったのである。
そのことの象徴が農業は金にならないからやるなと子供にも言っているから当然農業の跡継ぎはいなくなる、そこに誇りも生きがいも見いだせないとなる
一方でその代わりに原発で働くのは金になるからだとなっていた、それが事故になったとき故郷にも住めなくなったとき金になっても故郷に住めなくなるなら蝋燭でもいいから家族一緒に住める方がいいとまでなったのである。

ともかく何を失ったのかを知るには何をもっていたのかということである。
そのもっていたものを自覚していなかったのである。故郷など常にあるものであり自覚しないからである。要するに計ることのできないものを失ったのである。
それは農業だったら収穫の喜びとかであり漁業でもそうである。
でもそういうものでも第一に金にならないと嫌悪されつづけていたのである。
そういう矛盾があり問われたのである。
ただ俺たちはとても金に替えられないものを失ったのだということはわかる。
でも本人が被害者がその金で替えられないものは何なのか?明確に答えられる人はいないだろう。

自分の言いたいことは誤解されるないように言えば計りしれないものを失った、だからいくら補償金を要求しようがギャンブルで遊んでいればいいということではない
それは回りの人がいて迷惑になるのだから別問題なのである。
言いたいことは外部の人でもその被害が何であったのか?実際の被害者も何が失ったのか?そのことが自覚されていないのが原発事故だったのである。
もし金だけを求めるなら別に都会とかに出てもいいだろう。そこで金になることを求めて便利な暮らしをすればいいとなる、故郷にこだわる必要ないのである。
故郷というとき田舎というとき何か都会にないものがありそれは金で替えられないものとしてある。ただそれを価値のないものとして自覚できないものとしてあった
それは江戸時代とかと比べてもそうである。江戸時代は貧乏しかないとみるが実際はその時代に生きるものにとってはそこには別な価値があり生きていたとなる
この辺は様々なことが問われた地域である。政治的にも科学的にもそして生活全般でも哲学的にも問われたのである。
だからここから日本の未来とか人類の未来まで考える場になってたのである。


posted by 老鶯 at 09:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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