2016年09月26日

NHKの「縮小ニッポン」を見て (原発事故周辺と同じ状況)


NHKの「縮小ニッポン」を見て

(原発事故周辺と同じ状況)

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この辺でも山側はこんな状態になっている



NHKの「縮小ニッポン」でもう行政サービスはできない、限界だ、ということで住民自身がなんとかしてくれと住民が行政サービスを肩代わりする自体になった。
そこでまた問題なのがその住民が高齢化していることである。
でもその高齢化でも村を消滅させるなり何なり住民が考えてくれ、住民が決めてくれとなった

現実に荒地化した領域が広い、もう老人が多く田畑は放置されているし跡を継ぐ若い人もいないからだ。
それがこの辺と原発事故の結果として起きた状態とにている、一旦は耕作できないから全体が荒地になった、その後回復して言ったが山の方になると荒地化している領域が広いのである。
前々から言っていたけど何かこの辺の状態は未来を先取りした極端な現象として現れた
それは原発事故があったにしろ何か農村地帯はそういうことになる状態が全国的にあったのである。

そして夕張では市長の月給が手取り一五万だというのも厳しい、それは何を意味しているのか?公務員でももうそれしか払われないということになる
公務員は恵まれていると盛んに言われて今はうらやましがられているけど人口が減り少子高齢化してゆくとどこでもそうなってゆくのでてある。

なぜこういうことが原発事故周辺とにているのか?
最近南相馬市の市長も避難区域になった小高区の人たちに自分たちが自助努力して復興してくれと言っている、つまり行政でもやはり限界集落のようにもう援助できないということなのである。
限界集落というとき何事も限界になるということである。行政サービスも限界になるしその他のことでも限界になる。もう村でも町でも維持するのにぎりぎりになる
縮小してコンパクトにすることも強いられる、村だと山村だと奥の方に家が点在しているから行政サービスするにしても能率が悪いしインフラを整備するのにも手間とか金がかかる、それで住民が水道の点検サービスをしていた。メーターを見て歩いていた。

何か農村だと家が点在していて成り立っていた。それは農業中心だから土地があって農業がありうるからだ。それで小さな村も成り立っていたのである。
でもそれが荒地が増えるともう土地利用ができない、点々と家があることがかえってもう農村を維持できない状態になった
跡継ぎもいない老人だけがそうして孤島のようになった家に取り残されたのである。

だからこの辺でも避難区域になった小高辺りでも他でもそうした旧来の農業というのを変えざるをえない、コンパクト化というのは集約化なのだろう
それは飯館村辺りでは学校も小中一貫校として村の中心地の草野に作りそこに復興住宅も作る、何かそうした集約化が必要になる
小高辺りでも街があるけどその回りの広い地域が荒地になっている、それを今までのように点在している農家で維持できないのである。
帰るのは二割くらいとなると維持できない、農家では草刈りとか共同でしていたし共同の作業が強いられるからである
だから集約化した農業というとき会社組織のようにして運営するとかなる
個々に点在した農家ではもう維持できないからである。

少子高齢化というのは田舎だけの問題ではない、東京辺りでもそうである。財政的にも区が運営できなくなる、また年収が二〇〇万くらいの若者が多くなりその人たちは結婚できないから子供をもてない、それも影響して高齢化してゆくから福祉でも財政負担が増えてくるからである。
要するに今までのように行政で福祉関係でもサービスができなくなる
それが極端化したのは夕張である。高校すら維持できない、それで未来がないと外にでてゆく、学校すら維持できなくなるのが少子高齢化社会だとなる

こうした少子高齢化とかによる問題では国土利用をどうするのかということもある。
国土が全国的に荒廃してしまうことである。森に還えればいいじゃないかというけど一旦人が住んだ地域は自然の森に還ることはない、荒廃した地域になるのである。
ただ村でも消滅させるのもしかたない、それも住民の判断にまかせるというときそこまで追い詰められている、村がもう自分たちの代で終わってもしょうがないという決断も迫られているのである。
それでもできるだけ縮小してこじんまりとしてまとまって残る村は残るとなる
それは何かこの辺の原発事故周辺とにている、町や村がもう維持できるのか?
二割くらいしか帰らないとしたらもう維持できるのか?回りは荒地化して放置される
行政でも何でもできるわけではないから住民で自助努力して決断してくれとなる
南相馬市だったら小高は負担になるからだ。

原発事故周辺では確かに補償金をもらったとしてもそれは一時的なものである。
それが財政的に寄与するとしてもそうである。いつまでも補償金は払えないからである。するといづれは財政的に苦しくなり限界集落のような問題に直面する
でもこの辺では個々にもらう補償金に今のところは潤っていた。
それがまた地域の分断になった。つまり原発事故は広域的な問題であった、でも個々にすれば補償金をもらえばいいとなってしまった。
要するに市町村の未来を考えるとき全体の広域的視点が必要だった。
でも人間は市町村全体を考えて生活する人は行政の人ならいるだろうが普通は私的利益を求めて生活している

でもその私的利益追求すら市町村が立ち行かなくなったら追求できないのである。
何でも私的利益の追求になった時代がかえって全体的なものを志向する視点が共同性が失われた、その矛盾が社会に現れたともなる
全体的なものを志向しても個々の利益を追求するときそれと対立するからである。
個々人にすればともかく補償金を多くもらえばいいとなる、それを共同的に利用するとなりにくい、土地にしても自分の土地だから自分の土地から利益を得たいとなる
でも小高の街を見ればわかるけど空家だらけでありそれには所有者がいても街は成り立たない、だれも利用しない空家としてあっても町としては何の役に立たないとなってしまっている。でも所有権があるから市の方では何もできないということもある。
だから何か上からの改革を強制的にしないともう市町村でも成り立たなくなる
このうよに激変化した世界では今までの旧来のように発想していたのではできないのである。
こういう激変化した世界では明治維新のように若者が活躍できるということはある
老人はどうしても保守的でありそうした激変化した社会についていけないのである。
それで女川では老人は何も言うな、口だすな、若い世代にまかせろとして新しい街作りをはじめたのである。それはあまりの激変でそうせざるをえなかったのである。

タグ:限界集落
posted by 老鶯 at 10:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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