2016年08月30日

補償金、義援金で南相馬市の一体感は喪失 (原町の人が義援金も鹿島区に払うなと言うことの傲慢)


補償金、義援金で南相馬市の一体感は喪失


(原町の人が義援金も鹿島区に払うなと言うことの傲慢)



原発により住居を失ったり生活の基本を失ったという賠償事項に関わるものは
義援の対象ではありません、あくまでも人災です
東電の関係者すべてが私財を賭しても賠償すべきものです。
ですから、配分された原発被害者への金額は震災被災者のもので
義援金の横領です東京電力はそのすべての金額を即刻賠償すべきだと思いますね。


原発避難民ばかり待遇が良い思いをさせるつもりだ!
3.11から3年経過しても消費税8%に、見とうしの経たない東日本大震災の被災者に目を向け再出発の大型支援を望む!


原発避難民の南矢野目の仮設住みの浪江町民はパチンコ代欲しさに賠償金増額要求してんだが奴等って馬鹿だな!他の地域が増額要求してねぇ〜の に浪江町だけ増額要求通る訳ねぇ〜だろうって馬鹿丸出しだわ 笑笑笑

別に我慢しろと言ってる訳では無いですが、あそこが支給されたから自分達にも支給しろ!そうゆう思想が蔓延する事が恐いです。
経済的に自立出来なければ自立した復興なんて出来る訳がないと思います!



なんかこの辺は被害者でもいろいろいて混乱した。

津波の被害者

津波の被害者+原発被害者

原発被害者

こんなふうに入りまじっている。その補償金を配分するにしても複雑になったのである。30キロ圏と区切るという政府や東電のやり方で決めたのも混乱する原因だった。
南相馬市ならやはり南相馬市民が一致協力する関係を作ることを優先することも必要だった。それがほとんどできない結果互いにいがみあうようになった。

そして鹿島区は30キロ圏外だから補償金も義援金もやるな!

こういうことを原町区の人たちがネットで言っていたのも腹ただしい
30キロ圏外から鹿島区ははずれているのだからやる必要ない
それで最初仮払い補償金として市の財政から百億円払うというとき鹿島には払うなと言う人がいたのである。それから義援金も払うなという人がいた。

鹿島区は30キロ圏外だから排除しろ

こうなったら鹿島区は南相馬市民なのかとなる、現実になぜ小高の人たちの仮設を鹿島区に建てるんだとかさえなる、土地は無料で貸しているという。
今でもそのことで小高と鹿島はうまくいっていないのである。
ある人は塩崎の女性で隣が補償金をもらい自分はもらっていないと泣いて訴えていた。
だからそもそも30キロということで区切ったことも問題なのである。
それは政府と東電のしたことだけど放射線量だったらたいして変わらないからである。
放射線量だったら別に相馬市でも福島市でも郡山市でも変わらないのである。

30キロ圏内ばかり特権になりそれで東電の補償を手厚くされた。

鹿島区には一切やるな、その分は30キロ圏内のものがもらう

こうなったら南相馬市の一体感は全くなくなるしそうなった
そしていがみあいとなりたがいに協力できないことが実際は深刻だったのである
浪江の工場を経営している人が原町の元の仲間に仕事を斡旋してくれと言ったらお前らはたんまり補償金もらっているのだからは斡旋してくれなかったという。
これも結局あまりにも手厚い補償金をもらったからである。工場を経営していたら何億ともらっているからもらわない人はうらやましいとなる

なんかこの辺は補償金や義援金の配分でも混乱したのである。
自分自身も金をもらえればいいとしか考えなかった。
でも一番苦しんでいるのは津波の被害者である。その津波の被害者には原発の補償金は出ないのである。でも30キロ圏内だと原発の補償金が出るからこれも混乱する原因だった。
義援金は原発被害者ではなく津波の被害者に出すべき

義援金を出した人たちがそういうときそうだったのかもしれない、誰に優先して金を出すべきなのかもまちがっていたかもしれない、ただ混乱していたから冷静に考えられないということがあった。
結局金になると人間は遺産相続のようになりうるさくなる

鹿島区の人見れば原町区の人に対して相当に不満になる。鹿島区は補償金も義援金もやるな、30キロ圏内ではない、その払わない分を原町区のものが全部もらい配分する
こういうのが同じ南相馬市民なのか?すでに原発の補償金は原町区は鹿島区のさんばいはもらっているのである。
何かもっと言い方があってもいいではないか?こうなったらもう南相馬市の一体感はない、協調関係もなくなる、そこで互いが険悪な関係になる、そのことの影響が大きいのである、なぜなら外部ならいいがいつも同じ場所に住んでいるから余計に影響が大きくなるのである。小さな村とか田舎だと犯罪を犯したり、人間関係が悪くなると暮らしにくくなるのである。いくら犯罪を犯したものでも苦しめられたものでもいつも同じ場所にいて顔合わすからである。たがいに同じ場所に住んでいてもあいさつもしないとなると暮らしにくい、だから日本では極力そうしたいざこざが起きないようにまとめていたのである。

いづれにしろ補償金であれ義援金であれ配分があやまった。むしろ小高は避難区域になったから二倍とかでもいいかもしれないがあとは原町も鹿島も同じにした方が良かったかもしれない、義援金は津波の被害者にやるとかすれば良かった。そうしたら公平になっただろう。つまり金でもめることがなかったかもしれない。
そして南相馬市だったら福祉関係は平等にすべきだった。避難区域になった小高ばかりが何でも手厚くされすぎたのである。

ただ鹿島区の人にしても反省はあるべきだった。でも原町区も鹿島区からすると強欲だったなともなる。鹿島区には払う必要ない、その分は自分たちが全部もらうというのも同じ南相馬市民なのかとなる、そんなことで一致協力して復興できるのかとなるともうできない。小高は小高でかってにやれとか原町には協力しないとかまでなる
ともかく前に書いたように必ずしも金で何でも解決するわけではなかった。
かえって金によって人々の心は分断されて復興をむずかしくしたということがあった。
そのことをふりかえりこれからの復興を考えねばならない、市長でもそういう点で指導力を発揮せねばならない、ただ市長は鹿島区に仮払い補償金として百億円を市の財政から出したことは評価できるのである。それは問題があるにしろ南相馬市の一体感を保つために必要だったのである。

この補償金は別に南相馬市だけの問題ではない、福島県全体の問題だったのである。
なぜなら避難した人たちは全国にも散らばり福島県なら仮設に住んでいるからである。
すると回りの人たちにも影響する、仮設の人たちは補償金をもらい贅沢だとか毎日パチンコ屋通いだとか不満が大きいのである。相馬市などは補償金は一人5万くらいしかもらえないから不満が大きいのである。
だからトマト農家に飯館村の人が雇ってもらえなかったというときまたは浪江の工場経営者が同じ仲間に仕事を斡旋してもらえなかったということももらった補償金が大きいからである。そのことでかえって協力できなくなった。
もしそんなに補償金をもらっていないなら協力していたのである。
なにしろ避難区域で工場経営となると軽く億の補償金がもらえたと思うからそうなったのである。

このことではいわきでは地元の人と険悪になり争いまでになった。
次々に双葉であれ大熊であれ避難区域の人たちが家を建てたからである。
この辺でも新しい家が何百軒と建っている、それには外部の避難区域の人たちも建てた
そこには津波の被害者もいるが原発避難者もいる。
地元の人にすればいわきなどでは病院がこむとか福祉関係とかで避難者が優先になり支障をきたしたから不満が大きかった。第一二万人が移住したらパニックにもなる

ここでも同じ問題が起きていたのである。小高区の人たちが避難して何でも優先になったからである。
ただ小高の人はそれに甘えたし当然の権利と化して謙虚さが失われた。
鹿島の人たちは人口が増えて買い物も増えたからみんな喜んでいるんですよと知っている小高の女性が言っていた。
そんな意識しかない人も小高の人にはいたのである。その時自分は苦しんでいたが何の関心もなく、自分たちこそがかわいそうであり援助されるべきだとしていたのである。
また鹿島区であれ原町区であれふりかえればともに反省すべきことがあった。
ともかく補償金や義援金の配分が誤ったことがこういう結果をもたらしたのである。
その責任は誰にあるのか?市政にあるのか、市長にあるのか?
それとも市民にあるのか?、結局民主主義だからみんなにあるともなる
そんな簡単に民主主義では上の者の一言で決められないからである。゛
いづれにしろ何かこの辺では原発事故とかで民主主義が問われたことも確かなのである。





posted by 老鶯 at 09:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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