2016年06月14日

一挙に人口がへり限界集落になった原発避難区域 (介護保険でも飯館村は老人が多く福島県で一番高かった)


一挙に人口がへり限界集落になった原発避難区域


(介護保険でも飯館村は老人が多く福島県で一番高かった)


新たな額は13町村で月6000円を超し、最も高い飯舘村では8003円に。高齢化で介護給付が増えているためで、改定で額が1・5倍になった自治体もある。


団塊の世代が75歳以上になる2025年頃には、三島町を含む8町村で、保険料額が1万円を超えると試算されている。

 町の担当者は「値上げは避けられない。そもそも人口が少なく雪深い町なので在宅介護の事業者が参入しづらく、足りない。施設を建設しても人材が確保できない。非常につらい状況だ」と訴えている。

高齢化社会は過疎地域では厳しい、介護保険料は65才以上の老人が増えれば増えるほど高くなる。当然それだけ介護サービスを受ける人が増えるからである。
だから飯館村は搗き8000円は高いと思った。もともと飯館村などは収入が県で最低クラスだった。なかなか現金収入がない所だった。
それでなぜ秋田の方の山で山菜とり竹の子とりに山に入り熊に殺された事件があった。
その理由がこの辺では現金収入になるのがない、山菜や竹の子だと一日一万六千円くらいになる。これも一〇日と二十日とかつづければ結構大きな現金収入になる
飯館村なども山菜が定番として料理として食べるのが習慣になっていたというのもそうだろう。それが放射能汚染で食べられなくなったのはそこに生きる価値がないなってしまう

ともかく少子高齢化の影響が今回の東日本大震災では大きかった。農業であれ漁業であれ第一次産業は現金収入としては低い、でも農業などは毎日草取りとか手間がかかる、金もかかる、趣味でやろうかと退職した人と都会に住む人が考えるがそれも毎日草取りだけでも苦労なのである。それから種とか肥料代とかも高いから金がかかる
結局一の収穫を得るのに趣味だとかえって10倍くらいの金がかかるかもしれない
そして後継ぎがいないとかテレビで避難した人たちが帰ってきてもほとんど六五才以上の老人なのである。
では荒廃した田畑をどうしようかとなってしまう、それだけの気力もなくなってしまうのである。若い人は帰って来ないとなるとそういう所はどうなるのか?

例えば介護保険にしても老人が増えると介護保険料も高くなる、介護保険料は市町村によって違ってくる、サービスがいい市町村は高くなる、また老人が増えると高くなる
それで東京の人は介護のサービスのいい所を選ぶ
まず原発事故周辺の避難区域になったようなところは老人が多い、介護保険料も高くなるだからといってサービスが良くなるとは限らない、第一サービスする若い人が流出しているからである。
病気の老人が自宅に帰ったのをテレビで見た。あんな人が帰ってやっていけるのかとみるそもそも老人だけの街というのが成り立つのかという疑問がある。
飯館村でも葛尾村でも山村でありそこで老人だけが帰り村を支えることができるのかという疑問がある。

そして一旦補償金で暮らしたときそのまま補償金をもらいつづけたいとかなったのが老人の現実なのである。
葛尾村とか飯館村とかは復興するのは相当に厳しいと思う。
一方でなぜ小高が批判の対象になったかというと葛尾村とか飯館村よりは条件的に放射線量も低いし帰れる状態に見えたからである。
だから先に葛尾村が避難解除になっているということもどういうことなのかわかりにくい小高の有利な点は原町に近いことである。買い物でも車があれば行けるしすでに常磐線も七月に開通するとか意外と早いなと思った。
仙台までも秋には開通するというから意外と早いと思った。
常磐線が仙台まで開通すればかなり復興になる、バスだと行きにくいのである。

ともかくこの辺では少子高齢化でも何か極端な現象として現れたのである。
人口が前の五分の一とかにへるとなると極端すぎる、一挙に限界集落になったのである。そして取り残されたのは老人である。その老人が集まって未来が語れるのかとなる
なぜなら老人の語るのは過去だからである。
自分も庭作りにしても木を植えるとしても時間がかかるのは植えたくない、成長するまで死んでいるともなるからだ。こういうところに老人の特徴がある
老人にとっての時間は何か新しいことをはじめることではない、継続したことをして過去をふりかえりそれを若い人が参考にするというのが順序である。
何か新しいものを作り出すことがむずかしいのである。

ただ老人に創造性がないかというとそういうことはない、創造性でも経験の上に創造があるからだ。だから最近はじめたパソコンのソフトを操作する抽象画を出しているがこれは全く絵を描けない自分でもやれるとわかり出しているのである。
むしろ蓄積されたものが老人になると華開く、人間はなにかしら必ず蓄積したものがあるそれが若い人にはない、だからかえって創作的なものは老人の方が優れているとなる
だから老人が新しいことをやれないということはない、でもこの先十年生きるのかどうなのかとなると若い人の考えるものとは違ってくるのである。

とにかく介護というのは負担が大きすぎる、自分も認知症の介護して鬱状態になったし二人合わせて十年間もしたから相当に消耗した。
何か他のことができなくなる、それで人生の相当な損失になる、だから若い人はやるべきではない、何か他にやるべきことがあり介護したからといって何も残らないだろう。
自分の場合は人生の終わりにしたから良かったとなる、その前に旅行でも何でもしたいことをしたからである。
それでもまたたくまに人生の時間はすぎる、だからやるべきことをやらないとできなくなるし介護で時間を費やすのは無駄だとなる
だから若い人が帰らないというとき姑と一緒にいたくないとか親の介護もしたくないとかあると言われる、補償金もらって若い人は別に暮らし方がいいと考えた人もいる。
そして結局残されたのは老人でありそこはうば捨て山になりかねないのである。
それで葛尾村とか飯館村は復興するのが厳しいと思う。
小高は南相馬市でありそこで援助があるし原町が近いから葛尾村や飯館村よりはいいのである。それでも老人だけの街とかなるとどうなるのか?
若い人でも帰り子供帰っても学校はもう一校に集める、それも五〇人くらいなのか少ない葛尾村とか飯館村はもっと厳しいのである。村が存続することができるのかという限界集落に一挙になってしまったからである。

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地方消滅の罠-山下祐介


ここで守るべき場所やその意義が全軍に十分に共有されていなければならない

自分がそこにいる意味がわかってこそ兵隊は苦しさに耐えたえ逃げずに踏みとどまるのである。

この文は面白い見解である。限界集落であり原発の避難区域であれそういうことがある。何かそこに生きる意義を見いだすものは苦しくても不便でも踏みとどまる
でもその意義は何なのかとなると何か宗教的にも哲学的にもなる
そこまで考える人がいるのかとなる、だからこそ若い人はかえって姑と離れ不便な所を捨てて新しい生活をはじたのである。
ただ女川だったか若い人がここに生きる意味があると言っていたのはかえって外部からの人がその意義を見いだしていたのである。
そこに生きるとなると外から来た人だと相当な意義を見いださないと不便だし苦しいからやっていけないのである。
タグ:限界集落
posted by 老鶯 at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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