2016年05月29日

7月に原発避難区域の小高が避難解除 (帰るのは二割として老人が多く限界集落化するのか?)



7月に原発避難区域の小高が避難解除


(帰るのは二割として老人が多く限界集落化するのか?)

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小高では原発事故の避難区域では帰る人が少ない、割合的には20パーセント以下である。そして問題なのはその中で老人が多いのである。
人口分布はどうなるか詳しくは分析できない
便宜的に図にしたように全体の二割としてほぼ前の人口が一万として2割である
その人口は面積にも比例している
人が二割しかすまないということはそれだけ今まで住んでいた所が放置されて空地化しているのである。

帰る人でもその内訳は人口分布は年齢分布は詳しくはわからないが若い人は少ない
図の黒い部分が多いことは確かなのである。
小高では小学校の運動会をしたがもう地域的に散らばってできないからまとめて一校にしてやる、それでも50人くらいいたのかな少ないと南相馬市チャンネルで見た。
要するにコンパクトシティ化せざるをえなくなっている
効率的にするには一校にまとめざるをえない
そして農地にしてもこれも農業をするとなると農地が散らばっている管理しにくくなる
水田は水の管理を共同でしいるというからである。

これはどういうことかというと津波の跡の水田を大規模にしたように一軒の農家とかではもうできない、その地域で帰って農業をやる人が共同で会社のようにしてやるほかないのかもしれない
第一帰る人が少ないのだから集約化することが求められる
それは農業だけではない、全体的にそうである。
コンパクトシティ化せざるをえない、人が住むのは街中に集める
農業は会社経営のようにして集約的にする、だからある部分は田んぼにできないから空地化する
原町とか鹿島では連続して田んぼになっているところが増えた
でもまた連続して田んぼにならない、放置された荒地のままの所多いのである。
海老村はそうなっている、津波の被害で跡継いでやる人がいないのだろう。
そういう荒地はどういうふうに利用するかも問題である。

ともかく一万の人口が急激に2000人になりその5分の3が1200人が60以上の老人かもしれない、つまり急速に限界集落化したのである。
それはあまりにも極端なものとして限界集落化したからショックなのである。
そしてこれが30年後なのか50年後なのか日本の先取りしたモデルなのかもしれない
このまま少子高齢化がつづくとそうなると予想しているからである。
限界集落は市町村の消滅危機なのである。
だから広域的に市町村が連合した街作りが必要だとか言われる
小高の場合はまだ南相馬市だから救われている
何らか援助があり南相馬市内の問題として対策もするからである。

ただ2000人規模の町が成り立つのかは疑問である。
なぜなら今はインフラなどの整備に大きな負担がかかるからである。
都会の人がそんなと限界集落がいらない、消滅した方がいいというとき税金を負担するからそう言っている
80倍もインフラ整備にかかるとか言われるからだ
もし昔の自給自足の生活ならそんなことを言われない
電気水道やら医療やらで負担がかかるからである。

工場としてはロボットととかドローンとかできるみたいである。
そこが働く場所になる、そこで若者が残るようになるのか?
何か残されたものはやはり負担が大きくなるだろう。
老人はそういうところでのんびり余生を過ごすことができるのか?
市町村をになうのは若い人であるがその若い世代が子供とともに流出しているからである
要するに津波でも原発事故の被害でもそれが極端になると将来でもイメージできなくなるあまりにも極端な変化に人間は対応できないのである。
一万から2000人に人口がなることは急激であ極端だからその対応策が浮かばないのであるそれは実際に帰って住んでみてどうなるかとなる
厳しい現実に直面するかもしれない、そしてもうこんな所に住みたくないと老人すら子供のいる所に流出することも考えられる

自分が小高に行ったときスーバーがない、コンビニのようになものがあったが品物が少なすぎる、あそこでは何も用がたせない、飯館村にも小規模のスーパーがあったがあれくらいのものは最低必要である。
ただ救われているのは原町が近いから車がある人は用をたせるからいいとなる
まず車がない人はもう住めない、来年に電車も開通するというからそれも復興にはなる。浪江との交通が遮断されたがそれもとりはらわれる
自由に行き来できても浪江は以前として人が住んでいないし荒廃している
そこに人と人のつながりが生れないのである。
だから小高の問題は小高だけではない、浪江も双葉も大熊とかも広域社会だから関係していたのである。
大内村だって買い物は富岡とかに行っていたからである。今はそういうふうに市町村でもみんなつながって生活している、孤立しては生活できないのである。

限界集落というとき山の中の辺鄙な所だと思っている、実際は今のところはそうである。
しかし少子高齢化で予測されているのは避難区域のような状態なのである。
急速に人口が減り限界集落化してゆくことであれそれがこの辺で現実化したのである。
だから少子高齢化のモデル地域にもなる、ここでどう生活するかは将来のモデルともなるのである。
ただどうするのかとなるとその解決策は簡単には見つからないだろう。
要するにそこに生きる人がどうするかということにもなるからだ。
それは南相馬市全体の問題でもあり広域社会では都会の人がインフラに税金を使うのはやめろ、限界集落は消滅しろというのはそのためなのである。
広域社会というのはグローバル社会というのは一市町村の問題が全体に波及する、無関心でいられないのである。
それで熊本地震で東北の瓦礫を受け入れないとしたことが今になると批判される
熊本は自分勝手だから応援しないとかなる
熊本県は地震がないから東北より立地がいいと宣伝したことも批判される
東北は遠いから関係ないとならないのが現代の広域社会なのである。
実際に熊本ナンバーの車がありこの辺でも働いていたのである。


効率的に考えると限界集落は維持できない、コストがインフラなどにかかりすぎると現代ではなる
それでどうしてもコンパクトシティ化した市町村が模索される
そこで広い土地があり空地化した所をどう活かすのかとかが問題になる
いづれにしろ人間は贅沢を一旦覚えたら便利な生活をしたらそのレベルを下げられない
それが一番辛いことにもなる、零落することが辛いのがそのためである。
だから借金までして贅沢な生活を維持するようになる
そのとばっちりが他者にくる、借金を要求されてひどいめにあったからである。
事業に失敗しても成功したと装い借金してそうみせかけていた。
まさにそういうふうにとても自分が書いてきたような昔の自給自足の生活にもどることなどできないのである。
戦争時代は食うや食わずだったなどと比べてもどうしようもないのである。
そうはいっても現実は日本でも一億総貧乏時代とか苦しい経済になったらそう強いられるてくるだろう。
それにどう備えるのか、何かこの辺はそうした問題が先取りして極端な現象として現実化した場なのである。
タグ:限界集落
posted by 老鶯 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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