2016年05月08日

犯罪はパターン化できる (犯罪にあった人は犯罪に興味をもつ-格差社会は犯罪が増える)


犯罪はパターン化できる


(犯罪にあった人は犯罪に興味をもつ-格差社会は犯罪が増える)


今まで推理小説など興味をもたなかった。でも自分も犯罪にあってから興味をもつようになった
人間はともかく自分が当事者にならないかぎり他人事なのである。
それはこの辺で津波で近くでも人が相当死んだりして大被害だったのに自分は何も被害がないから被害にあった家族のことでもあまり考えない
これも普通のときでもそうである。誰か苦しんでいても相手の苦しみのことがわからないのである。
障害者を子供にもったものは盛んに訴えるが誰もわかってくれないとか言う、そんなものたいしたことじゃないとか見られる、あんたが生んだのだからあんたの責任だとか言われる、貧乏でも自己責任だとか言われる
今は格差社会だけど貧乏が見えない社会でもある、昔は何か貧乏はあからさまに見えていたのであ。乞食などが現実に物乞いしていたからこの人は貧乏だとはっきりわかる
今はそんな人がいない、外見は普通の人と同じだからである。
そうなると貧乏が見えないから貧乏がわからないともなるのである。
何が貧乏なのとなってしまう。
でも現代には現代なりの貧乏がある、そこから問題が事件も起きるのである。


本当に犯罪に明らかにパターンがある

「道具的」行動は,犯人が被害者からなんらかの利益(金銭や性的興奮など)を得ようとしておこなう行動です。

「表出的」行動は,他人との感情的な衝突によって引き起こされることの多い,被害者を傷つけることを1番の目標としておこなわれる行動です。

一番わかりやすいのは自分の欲望を満たすことが動機となっているものである。
そもそも人間の争いは基本的には欲望がおさえられないためにえ起きてくる
それが金であり本能的な性であれ一番わかりやすいし一番犯罪の動機になっている


だからどういう状態でシチエ-ションで犯罪が起きるか典型的な例が昨日見たテレビの推理ドラマだった。
まず資産家がいてそこにかかわる人たちがその資産家の財産をねらう。
家政婦とかヘルパー他にも宝石を売りつける人とかかかわってくる
なぜここでそうした家政婦とかヘルパーとか家に入ってくるものが犯罪者として疑われるのかというとその家の内部を家族のように知っているからである。
だから一倍危険なものはその内部を知るものだということである。
良く時代劇では内部か手引きする人を女中とかで入らせて強盗団が入ってゆく
それはパターン化した犯罪の手口である。国レベルになるとスパイで国の内部から攪乱してくる、だから内部に入るものは一番危険だとなる

そしてそういう資産家に近づくものはなにかいろいろな問題をかかえている人が多いのである。富めるものと貧しいものの差があからさまに現れやすいのである。
一般社会では見えないことがこういう場ではあからさまに見える
コンビニで働いていたとかその人がどういう人かなどわからない
でも資産家とか家に入ってくる人はその人がどういう人かあからさまになる
その働く人の家の事情とかがあからさまになる
今回のドラマでもそうだった、家政婦になった女性は借金をかかえていたとかなる
どこからきたのか素性もしれないとかなる、家に入る人で素性がしれないとなるとそれも危険度が相当に高くなる、そういう人が信用できなるかとなる
ただ家政婦とか何かそうした人は借金であれ事情をかかえているのである。

するとどうしても雇う方でもその人のことを考えざるを得なくなる、なにかコンビニであれパートであれその人の事情など考慮しないだろう。
でも資産家とか家に入ってくる場合はそうした個々の事情が直接かかわってくる
その人は別によそ者というものではなくてもやはりここの土地の人ではなかった。
それを安易に信用したのが失敗だった、本当は家に入れることは一番危険だから信用が最大の問題になる、何ももって信用するかとなるとむずかしい。
昔は女中とかお手伝いさんとかは普通にいたから何かしらの信用システムがあった。
前の働き先でどういう人か聞いていたとかが信用する要因になっていたとかあった。
ともかく家の中に入れる人は一番危険であり犯罪も起きやすいのである。
だからそれはパターン化した犯罪でありドラマになる

そもそも家の中に入ることは家族の一員のようになる、それで俳優の家で雇われたお手伝いさんがその夫婦の子供を殺したとかあった。これは何なのだとと思ったらお手伝いさんは子供のように家族の一員になっていたからである。
動機は子供が生れてからかまってくれなくなったという、まさに家族の一員になっていたからこそそうなったのである。それほど親密な関係になるのである。
まず人間が信用しあうことほどむずかしいことはない、それがゆきづりの問題をかかえた女性となるとそんな人を家に引き入れたらどうなるのかとなる
でも家政婦とかにはそういうふうに問題をかかえた人が多く入りこんでくるのである。
するとそこで貧富の差が明らかになり犯罪が誘発されやすいとなる

だからこういう犯罪を防ぐにはどうしたらいいのかとなる、雇う方も相当に気をつけねばならない、雇うにしてもその人を親身になって考えざるを得ないのである。
何か時給いくらとかでそれで終わりとならない、何かいろいろとその人のことについて家族のように心配するようになる、借金があったとしたら資産家だったらその借金を整理してやるとかさえしないとうまくいかない
借金を整理してやれば重荷がおりるからその家のものを盗むとかなくなるだろう。
資産家だったらその借金の額も小さいとしたらできるからで
恩義も感じるかもしれない、つまりそうした関係を作らない限りそういう女性を雇うことは危険にさらされつづけるのである。
そうはいってもそういう関係を作るのは時間がかかりすぎるのである
それで私はこの家で十年勤めさせてもらっていますとかなると信用できるとなる
その歳月が信用できるということを証明しているのである。
でもそれは資産家であってできることである、今はヘルパーとか介護関係でもちょっとしたことで家の中に入ってくる人が増えた、そこでまた問題が起きてくるのである。 

これは社会全体とも関係している、格差社会というとき富裕層も危険になる。高度成長時代なら中産階級が勃興してその上の金持ちをうらやむというのはあまりなかった。
格差社会になるとなぜ自分たちは貧乏なのだと、その原因を富裕層に向けられるから危険になる。自分たちは富裕層のために奴隷のように使われるだけなのだとなる
もちろん富裕層というとき資産家となると小金持ちとは違う。
まず小金持ちでは家政婦を雇うことはできないからである。
ヘルパーとか一時間とかちょっと手伝うだけであり家政婦とは違うのである。
格差社会というのは富裕層も危険にさらされる社会でありいつ襲われるかもしれないという推理ドラマのパターンになる、そしてたいがいそうして家に入ってくる人は家政婦とかが危険なのは追い詰められているからである。実際に家政婦として入った家々に火をつけて火事にしていた女性もいたからである
それは別に追い詰められている人は他にもいる、借金で追い詰められているとかそういう人は別に普通にいるからそういう人とかかわると危険になる
自分もそのために恐ろしい目にあったからである。
人間はどんな人でも追い詰められたら何するかわからない、その人が善人悪人の問題ではない、今日食べるものがないとしたらそのたに殺すことだってありえるしあった。
人間は追いつめられるとそうなるのである。  


人間の関係は金だけが動機になるときうまくいかない、こいつは資産家だから金を奪ってやれ、それだけの関係になると必ずそうなってしまう、その家で働く動機がそれしかないからである。普通の社会ではそういうことは金で割り切ってしている
でも一旦家の中に入ってくるとはそういうことは金だけでは通用しない
そうなれば資産家から金を奪えばいい、そこに働く動機はそれしかないのだからそうなってしまう。そういうことを自分は経験したからわかる。


高島忠夫長男殺害事件 

高島夫妻はこの女中をよくかわいがり、また女中も高島夫妻によく尽くしていたが、高島夫妻に長男が生まれた後は「長男へ愛情が移ってしまい、自分は疎遠に扱われるようになった」と感じていた。「この赤ん坊さえいなければ高島夫妻の愛情は私に戻るのではないか」と考え、気がついたら長男を湯船に沈めていたという。長男は激しく咳き込んだが、女中Aは、なおも長男を湯中に抑えつけた。そして「このままでは犯行がバレる」と思い風呂から出た後に物取りの犯行に見せかけるため、室内を物色されているように装ったという

こういうことが起きるのが家の中に入ってくる人なのである
要するに何かこういう家の中に入る人は家族関係の中に入ってくると同じなのである。
だから家族のような問題が起きやすいのである。

タグ:家政婦
posted by 老鶯 at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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