2016年03月12日

無責任な発言が許されなくなったインターネット (匿名でも発言の責任が問われる時代)



無責任な発言が許されなくなったインターネット


(匿名でも発言の責任が問われる時代)


インターネットとにかかわったのは自分は古い、なぜかかわるようになったのか?
それは最初にワープロからはじまっていたのである。
ワープロもローマ字で変換するものではなくオワシスの親指シフトで文章を書くことからはじまった。
自分は悪筆であり字があまりにもへたのでなんとか他人にも読めるものを書くためにワープロになった
その時富士通のニフティでパソコン通信をしていたのである


実はパソコン通信を知っている経験している人は少なくなった。
それはなになのとまでなっている、2チャンネルとにているやりかたである。
それはまずインターネットでも通信環境が調っていなかった
だから相手に文章で書いたものが送信されたかどうかが問題になる
それでその日の内にでも返答しないとレスポンス(レス)しないと議論にも話し合いにも参加できないものだった
それは最初のパソコン通信のインターネットの文化ともなっていたのである。
その時第一パソコン自体もっている人も極めて少ないから技術的な問題も多く
なかなか普通の人はできない、参加できないものだった。
パソコンも高価であり操作するのがめんどうだった


自分がこれにはまったのはワープロのオワシスの親指シフトでやれたからである。
ローマ字変換だと自分はめんどうでついていけなかった
何かこういうことはできる人とできない人がでてくる
文章を書くことが基本だというときここでつまづいてしまう
自分はたまたまオワシスで親指シフトで通信つきのワープロをもっていたことでインターネットができるようになったのである。
そのニフティのハソコン通信は相当な暇な人しかできないものだった
それは答えること自体手間暇であり労力がかかりすぎたのである。
今でも介護してからは忙しくて返答できなくなって一方的に発言するだけになった

それからWIN5でパソコンが普及してホームページを作った。これは自分の主張ができる多機能なものであった。
その後介護になりできなくなりプログに移動した、ホームページからプログと移行して一五年くらいしているのである。プログさえ一〇年もしていた
この辺で相当に技術的にもインターネット自体のコミニケーションも変化した
いろいろなもの、ツッターとかフェスブックとかでてきた
これには自分は忙しくてついていけないからしていない、スマホもしていない
インターネットのコミニケーションは常に変化してきたのである。
パソコン通信と一番にているのは2ちゃんねるでありそこで全くの匿名であり罵詈雑言もしたいほうだいである。
ニフティではある程度そういうことは制御されたが禁止されたが2ちゃんねるとにていた
だからパソコン通信の経験ない人は若い人でも年配でもインターネットのコミニケーションの仕方がわからないだろう
プログになると独立のメデアであり双方向にできても全く違ったメデアである

プログだと匿名でもその人がどういうことを日常的にしていてどういう考えなのかとかその人生でもわかるのである。
二三行発言しただけではその人のことは全くわからない
今回自分に罵詈雑言した奴がそうだった
原発避難民であることはまちがいないだろうがどこの自治体に属しているかなどわからない、それだけでもわかれば会話しやすいのである。
だから今はインターネットのコミニケーションは変わっている
「保育園に入れない、日本死ね」とプログで発言した母親がいて社会問題になったけど
プログなど何百万あるとしたそれがそんなに反響があることに驚いた。
だからサヨク系がマスコミと計ったためだとか言うのもわかる
まずテレビなどだともし百万人がテレビを見ているとしたらインターネットなら絶対そういうことはありえないから影響力が天と地のように違うのである。
ほんとんど数人しか目にふれないプロクなどごまんとかあるからだ
その影響力は余りにも違いすぎるのである。

ただ変わったのはプログができたということはこれは個人的に一応発言ができる
インデビジュアルな個々のメデアなのである。
それは今までのパソコン通信とか2ちゃんねるとは違う、匿名でもその人となりがわかるのである。
だから今回のように突然あいさつもなく罵詈雑言してくるのには違和感を感じた
それは2ちゃんねるのノリでそうしてきたからである。
こういうことはインターネットではやりやすいがもうコミニケーションとしてはできな時代である
発言するのはいいにしても自分の立場を自分がどういう人間かをプログで示しておくべきだろう
そうすれば会話もしやすいのである。
要するにインターネットのコミニケーション方法は変わった
発言は自由である、プログで批判するのもいい、でも自分のことをある程度他人に知ってもらうためにプログをもつべきなのである。

そしてインターネットは今は発言でもかなり責任が問われることがある
今回の発言の責任は相当に重い
自分に対してその価値をおとしめてそれでアバヤとはならない
あなたの発言は長く保存される、それで犯罪歴が消えないと裁判にもなった
インターネットは意外と消えやすいようで記録するのには便利なのである。
だからあらゆることが記録されているのである。
匿名でもその発言も記録されて簡単には消されない
原発避難民にこんな発言した奴かいるのか、やっぱりそんな奴らだったんだ
とんでない横暴な傲慢な奴らだったと思う人もでてくるから注意が必要である

もちろんたいして読まれていないとするとそうはならない
それで気軽に罵詈雑言して喜んでいる人はいる
でもこれからそうはいかない、その発言には責任がある程度厳しく問われる
「こいつの発言はなんなんだ、やっぱり原発避難民はこんな奴らだったんだ、本音が出たな、こんな奴らに援助するのも馬鹿らしい」
そういうことはすでにインターネットで言っている人がいる
自分も本当に今回の自分に対する罵詈雑言ではそう思った。
こんな奴ら助ける必要があるのか、神すら助けないと思った。
極端にしてもそうである

ただこうした罵詈雑言卑語はニフティのパソコン通信では普通であり日常だった
だからとやくか言うのもなんだがインターネットのコミニケーションは変わった
匿名でもその発言は厳しく問われる時代になったのである。
誰でも発言できる、でも責任も問われる、それが民主主義だとなる
だから匿名であってもこの人の原発避難民を代表して発言していないとしても
こういう人が原発避難民にも多いのだと自分のプロクで示したのである。
その発言の責任は今までとは違い重くのしかかるから注意すべきである

第一普通の社会でおまえは何なのだ、馬鹿とか言わないがそういうことはニフティのパソコン通信では普通だった
あいさつもないし目上も下もない、偉いひともなにもない、ともかく相手のことを最初から罵詈雑言して喜ぶ人が多かったのである。
そういう時代は今は終わった、その発言の責任は厳しく問われるし記録に残る
インターネットはそういうふうに自由に誰でも発言できるのがいいのだが
今はプログで自分がどういう人間か示していないと会話はしにくい
誤解が生まれるし対話できない、ただ罵詈雑言して喜んでいるような人間を相手にする暇はないからである。
自分は今まで介護で忙しく答えることができなかった
今は暇ができたのである程度できる,それでも手間なのである。




タグ:匿名発言
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