2016年03月02日

自然放射線と人工放射線は同じ? (南相馬市チャンネルの医者や学者の説明は正しいのか)


自然放射線と人工放射線は同じ?


(南相馬市チャンネルの医者や学者の説明は正しいのか)



放射線を出す能力を持った放射性核種が、我々の中で蓄積するかしないかの違いなんです

人工放射能は体内に濃縮・蓄積する
自然放射能は体内に濃縮・蓄積しない

ヨウ素131やセシウム137、ストロンチウム90といった人工放射能(人工放射性核種)は、
生体内に濃縮・蓄積し、生物がこれまで適応してきた自然放射能とは比較できない影響を人体に及ぼす。 



反論


六代まで影響する


プルトニウムも軽いからどこまでもとぶ(プルトニウムは自然界にはない)


ヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90、といった自然界に存在しない人工放射能は、体内に濃縮・蓄積するということ。
それに比べ、自然放射能は体内に濃縮・蓄積しないそうです。



新しいテレビを買ったので南相馬市チャンネルをひさしぶりに見た。
ヨーロッパは花崗岩が多く自然放射能が高い、それより南相馬市は低いから害はありませんと医者が説明している。
そこには南相馬市長も賛同していて同じ席にいる

ここで問題になったのが自然放射線と人工放射線は放射線としての害は同じであり害がないといいきっている。
なぜならヨーロッパの方が自然放射線量が高い、南相馬市はそれより低いからそうなる。ヨーロッパでは放射線量による人体の害はない、だから南相馬市にもない


自然放射線と人工放射線は同じである。

ヨーロッパの自然放射線は南相馬市より高い

だから南相馬市は放射線の害はない


論理的にはこんなふうになるのか?

つまり自然放射線と人工放射線は同じである、、,ということが証明されれば
南相馬市には害がないとなっている


でも自然放射線と人工放射線に相違があるとなるとそうは論理的にはならない

まるで放射能は無害だから今までのように米や野菜を食べ同じ生活をしても問題ないとしている。
そしたらなぜこれほど除染するのかとなる、何兆円も金を使って除染などする必要ないだろう。

何か放射能はわかりにくいから以前として安全を言う、でもその安全にだまされたから科学者の言うことが信じられなくなったのである。
科学者も嘘を言う、政府とか権力者の圧力で嘘を言っていたである。
何が科学的に真実なのかわからない、ただ政府の政治家の言いなりになったり利益を優先して嘘をいい安全神話を作ってきたから大事故になった。
だからどんなに安全だとまた言われても信じられないのである。
それは科学者が言っても今度は信じられない、科学者にもだまされたからである。
御用学者や御用マスメデアが信じられないのである。
それは放射能を知るか知らないかよりモラル的に信じられないのである。


その人は頭が良い理系の人だったけど事業に失敗した。失敗したけど成功したと借金して装っていた。その人は嘘をついていたのである。
だからその人のことは一切信じられない、頭がいいとかなんとかそんなことよりそうして嘘ついて自分は成功者だと言って世間もそう見ていた。
原発も安全だということを装い科学者が権威づけしていたのである。
科学者も嘘をつくということで信じられなくなったのである。
文系は嘘つきだといわれるが理系でも嘘はつくから同じである。
この辺の水もやはり害はないとしても飲水として飲んでいる人はいないだろう。
怖いのはプルトニウムが30年後とかに骨髄に蓄積されてガンになったりするということである。
そして放射線の影響が六代までありそこまで見ないとわからないとかも怖い

最も有害な取り込み経路は、空気中に浮遊するプルトニウム化合物粒子の吸入である。気道から吸入された微粒子は、大部分が気道の粘液によって食道へ送り出されるが、残り(4分の1程度)が肺に沈着する。沈着した粒子は肺に留まるか、胸のリンパ節に取り込まれるか、あるいは血管を経由して骨と肝臓に沈着する

第一そんな危険なものを作っていたことが間違いだったとなる
万が一にも事故は起きる、事故はさけられないのである。
日本は国土が狭いのだから原発事故で住む所がなくなる危険がある
何か食べ物だと少しでも危険があると大騒ぎするがこれほど危険なものが容認されることがわからない
人間の盲点は大きな危険には盲目なのではないか?
だからこそあれだけの戦争もして三百万人も死んだのかもしれない
人間は目の前のささいなこととか危険にはうるさいがこうした大きな危険には何か盲目になる
津波でもそうだけどこれもあまりにも大きな危険なのでかえって危険がないがしろにされていたのである。


人間の弱点は日々の目の前のささいなことには注意を払うが大きな危険は見逃されて盲目なのである。
つまり大きな危険を感じることはそれだけ人間にとってはむずかしいのである。
どんな動物でも日々の餌を見つけることが精一杯であり人間もまた同じなのである。
本能的にも大きな危険は感じられない,でも大きな危険によって滅びにいたる
それが津波でありまた原発事故だった。
放射線の怖さは日々感じられな、でも6代まで影響するとか30年後に蓄積して影響してガンになるとかそうした今すぐにその影響が現れないことがまた怖いのである。


一方で人間は日々ささいなことに目を向けて苦労しているが大きなことから見ればまさにささいなことでありそんなに苦しみ悩むこともないともなる
大事の前の小事もあるが大事の前に小事は吹っ飛ぶということもある
そしてつまんないことで悩み苦しんでいたなととかなる
いづれにしろ人間は大きなことに対して盲目でありそれが弱点で大きな間違いを犯すことになる。



posted by 老鶯 at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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