2006年11月17日

冬日山村(飯館の冬−写真−詩)

iidatefuyuna.jpg

晩菊や車のなくてバスにのる

晩菊や昔の道をたどり行く

晩菊や古き碑並ぶ村の辻

山の村古き碑並び枯芒

前畑に冬耕の婦山の村

飯館や岩の一つに冬菜かな

山の村月見草に枯芒

冬の日に薊なお咲き古き碑やスコットランドの果て思うかな

冬の日に月見草なおも道の辺に咲きて山路に風寒しかも


飯館の飯樋に行ってきた。そこで私が写した三叉の松から稲架を写した写真だがその松が切られていた。松は枯れやすいから切られるのだ。あそこの景色はいい景色だったが残念だしあの写真は貴重になった。もはや同じ景色は見られない、こういうことはかなりあるのだ。意外と景色は喪失しやすいのである。家が一軒建っても景色が変わるからだ。

あざみは冬でも咲いていた、生命力のある花といえぬ花なのだ。だからスコットランドの果てにでも咲く力強い花なのである。

ハドリアヌスの城壁越えてそ
スコットランドの古城の跡そ悲しも
薊は咲き残り寥々と風の吹くかも
古き碑に刻まれし部族の名や忘らるや
古の戦に果てし勇者の魂眠る
スコットランドの果てそ思うかな


スコットランドの魅力は果てにあるということなのだ。人間は最果ての地にあこがれる、それがスコットランドなのだ。飯館にも古い碑が多かった、ただ年代はわからない、スコットランドには本当に部族の名が記された石碑が発見されたりと重厚な歴史を残しているのだ。スコットランドに行けなかったけどあそこはみちのくにも共通点がある。みちのくは古代から果てなる地としての魅力だったのである。未知なる果てなる地に人はあこがれるのだ。それが交通の発達で喪失したのは皮肉である。どこにでもすぐに行けるとなると果てなる地はこの世から喪失するのだ。

飯館の詩と写真は本サイトのホ−ムペ−ジに出した。プログでは多くの写真は出せないし構成できないからホ−ムペ−ジに出した。

本サイト−飯館冬−写真と詩冬日山村
http://musubu.jp/iidatewinter1.html

(参考)
飯館の秋のあわれhttp://www.musubu.jp/somaiidatemichi1.htm#aki
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