2008年07月12日

山中郷(飯館村)の山の旗印は「山中郷」を意味していなかった (野馬追いの一つの旗の謎−続)

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山中郷(飯館村)の山の旗印は「山中郷」を意味していなかった
(野馬追いの一つの旗の謎−続)


野馬追いの旗は新しくつくられることはないみたいだ。だから山に○の旗印は山中郷になったからその象徴として新しく作られたというのは小説的虚構になってしまった。今の感覚で歴史を作ると史実に反することになる。ただ今なら山中郷も野馬追いに参加して盛り上げるの一興だということにもなる。それにはこの旗標を新しく作ればいいとなる。山中郷も江戸時代は野馬追いに参加していたが14騎とか少ない、やはり山中郷は野馬追いに参加することは容易でなかった。でも山中郷には牧があり津島や葛尾村など広大な地域だから相馬藩の軍馬を用立てた。当時は必ず一軒に最低馬一匹が飼われていたからだ。
 
ともかくこの山に○の旗印は宇多郷の旗印に山園とあり園は図の字の簡略化したものかもしれない、これはまるで囲む意とあるから旗印はそういう意味で作られたのかもしれない、山とつく旗印が二つある。他に水とか川もあるから普通に旗印に使われていたから山中郷が新しく相馬に加わったからといって山の旗が作られたわけではない、旗印はもともとあったものでありそれに手を加えるのが旗印である。山園?という苗字の武士が宇多郷に実在してそれが山中郷に移動したのかもしれない、ただなぜ佐藤氏がこの山の旗印を受け継いだのか?山中郷になったから山にしたとはならない、この山園氏?とつながりがあって旗印をもらい受けたのかもしれない、それでも新しく作られた旗印は新郷士の佐藤太治右衛門の場合はあった。新しく土地を与えられ開墾をした郷士であり新郷士となった。それで自分の名の一次の太をとって旗印にした。これはわかりやすい、自分の名を旗印にするのはあまりないから誇らしいものだった。相馬藩の郷士として新しく加わったということで自分の名の一字を旗印にした。山中郷に土地を与えられ新しい旗を作ったことはありえたのである。山と○で囲んだのも佐藤氏だったからこれと関係あるのか?旗印の由来を調べることはかなりむずかしいから推測だけになるかもしれない、一興として野馬追いだから旗を話題にしたのである。
 


 相馬の高玉氏


 

相馬市の玉野小(佐藤昌則校長)の高玉菜摘さんら6年生4人と5年生3人は27日、福島民友新聞社を訪れ、新聞社の仕事を学んだ。
http://www.minyu-net.com/honsha-annai/kengaku2006/0704kengaku.html

 
高玉海苔店/工場, 0244-38-6661, 福島県相馬市和田字北迫
 
飯館村史にのっていたカタバミの旗主は高玉氏でありこれは
 

 同年十一月十七日、畠山氏を救援するため北上してきた佐竹・芦名・岩城・相馬・二階堂・白河・石川氏の連合軍三万の軍勢と人取り橋(福島県本宮市・郡山市)付近で戦い、大きな犠牲を払いながらも、かろうじて退けることが出来た。
http://www.muratasystem.or.jp/~hideyuki/date.html

 
高玉務・志賀源三郎が負傷するなど、中村藩ははじめての死傷者を出すことになる
 

天文年間(1532-55)二本松城主畠山氏一族、高玉太郎左衛門尉常頼が築いたとされる(天文二十年(1551)安積伊東氏一族、高玉紀伊守頼継が築いたとも?)。
 天正十四年(1586)二本松城を攻め落として安積郡を手に入れた伊達政宗は、畠山氏旧臣の高玉近江守にこの地を与えた。しかし一族の高玉常頼は伊達氏を嫌い、会津黒川城主蘆名氏に従って伊達氏に反抗した。
http://www.asahi-net.or.jp/~ds6s-wtnb/oshiro/kaisetsu/fukushimaken/c_kooriyama02.htm


高玉氏は仙台の泉市にも高玉神社などがあり相馬にもその代がつづいている。高玉氏から玉をとって玉村とか玉野むらになったかは定かではない、高玉氏が山中郷にあり旗印がカタバミに一本の線、赤と青とで分家したから高玉氏一族は勢力を山中郷にきて拡大したのであ。


いづれにしろ野馬追いの旗は明確にその出自を探ることがむずかしい、予測になってしまう。妙見信仰の北斗七星意外はわかりにくいのだ。野馬追いの改革だというとき歴史を忠実に再現するなら祭り自体変えることはできない、ただもともと飯館の山中郷は14騎と少なくても野馬追いに参加していたのである。だからまた参加すれば盛り上がる。その時山中郷の新しい旗−山が翻れば飯館も相馬なのかと再認識する。でも飯館村は南相馬市の合併に加わらなかった。歴史的には相馬藩だったのだから地理的隔たりがあるものの不自然なことはなかったのである。

 

野馬追いの旗の分類(1)
http://musubu.sblo.jp/article/16940230.html

posted by 老鶯 at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村
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