2015年11月08日

グローバル経済が普及したのはここ50年くらいだった (原発事故の前に故郷や田舎に生きる価値をすでに失われていた)



グローバル経済が普及したのはここ50年くらいだった


(原発事故の前に故郷や田舎に生きる価値をすでに失われていた)


●高度成長前は江戸時代のつづきだった


グローバル経済とか社会とか今は普通になっているけどふりかえるとそうなったのは50年前頃からでありそれまでは江戸時代のつづきだったということを書いてきた。
戦後十年くらいの団塊の世代の子供時代はグローバル経済とは何ら関係ないのである。
第一バナナ自体がこの辺で売っていないし高価なものだった。
それで自分の父親が病気になったとき仙台からバナナを買ってきたのである。
これをみてもグローバル経済など無関係だったし第一国内だってこんなに物が流通していないからみんな自給自足でありその延長だった。
国内自体でも江戸時代のつづきだったのである。それが何か錯覚しているのである。

要するに戦後十年くらいでテレビが売り出された頃から高度成長が急速にはじまったのである。それは二十年くらいつづいたが意外と早く下火になってバブルで崩壊した。
高度成長時代になったとき国内レベルで物が流通しはじめた。
物がない時代だったから物を置けば売れた時代である。
自分の家では店屋をやっていたから物を置けば売れたのである。
あの頃は子供多いし一番活気かある時代だったのである。
何か今になるとそういう時代がなつかしいとなる

店屋でも隣が魚屋だと豆腐屋だとか雑貨屋だとか小店が多かったのである。だから生活圏が隣であり狭い範囲で人は人が濃密に交わる社会だった。
それも江戸時代のつづきだったのである。
何か路地裏とかなると今はさびれて淋しいというか生活の匂いがなくなった。
人はそこで生活していても実際は買い物でも働く場も遠い会社や工場になっているからだ路地裏というときもう生活の匂いはない、下町というのもそうである。
そこには東京だったら工場があり生活の匂いが濃厚にあった。
つまりそうした中小企業とか小さな店とかあるのがその頃だった。スーパーもその時はない。だから地域から何か生活の匂いを感じないのである。
スーパーとかイオンに買い物でも集中して変わったのである。

高度成長の最初は国内で流通が盛んになった。でもその時はまだ車時代ではないからそんなに物が遠くから運ばれてはいない、その時は汽車から電車と変わった時代である。
それで駅にはどこでも引き込み線があり荷物をおろしていた。
そのために梱包するために縄屋とかあり自転車は汽車で運ばれたので駅前に自転車屋があった。
駅前通りがあり駅前旅館があった。駅前通りは駅ができて生まれたのである。

ふりかえるとグローバル化社会となるには一気になったのではない、路地裏の生活から
生活圏が拡大していったのである。まさに自分はその路地裏の店屋だったからそのことを実感できる。
それがスーバーに変わったとき生活圏は広がった。市町村内で広がったのである。
もう今になると村でも万屋とかはない、自分は阿武隈高原を自転車で旅してどこか浅川町なのか味噌汁をごちそうになったのを覚えている。
今の時代にそんなことをしてくれる人はまずいない、そこはまだ山の奥に残っていた万屋だったのである。だからそういう人情が残っていたのである。
町中だったら下町の人情とかあった。米でもオカズでも隣近所でやりとりして分け合っていたのである。
そういう狭い世界にはまたすべてがいいとはならない、いろいろ詮索されたりいきずらいことはあった。
でもそういう狭い世界からグローバル世界になったのである。
だから原点にもどって今をふりかえると今が見えてくる

●グローバル経済化すれば金が唯一の価値となる

なぜ原発事故で町や村まで住めなくてり荒野化したのか?それは原発事故の放射線のためであることはわかっている、でもそれだけなのかという疑問なのである。
それは明らかにグローバル化した世界経済化した社会になったときそういうことが起こりやすい下地ができていた。
つまりグローバル社会とは金がドルがアフリカの果てまで奥地まで通用する世界である。これはいままでにはありえないことだった。
アフリカの奥地を旅してドルでも金で買える通用していることはありえないことだったのである。そんな社会は歴史的にもありえなかったのである。
アメリカが世界を支配しているというときドルが世界で通用しているということにある。ドル札を発行しているのはアメリカでありアメリカに金融が支配されるのは当然だとなるそして紙幣というのは必ずしもそれと対価なものが物でも何でもあるわけではないのである。ドル札はアメリカのさじ加減でいくらでも刷って世界にばらまくことができるのである
そのドルが通用しているのはアメリカが世界を支配して信用されているからである。
それは円でそうでありそれは日本という国を信用して円を買っているのである。
その信用の土台に紙幣がありそうでなければ紙きれにすぎないのである。
だから信用を失えばたちまち紙きれになるのが紙幣である。
それは日本が戦争に負けたとき本当に紙幣は紙きれになったことでもわかる。

グローバル化はまず国内で起きた、次ぎに世界と広がった。それはどういうことかというと日本国内で流通が盛んになり交流が盛んになるとき婚姻関係も日本全国になる。
九州や北海道でもこの辺から結婚しているし外国まで婚姻関係が広がる。
それも国内で流通が盛んになったから起きたことである。
なぜ原発避難民が全国に散らばったかというとやはり婚姻関係がそれだけ全国的になったからである。結婚した先に頼るというのが多いから
である。

そういうふうにすでに自給自足とか狭い範囲での生活ではない、全国的に婚姻でも広がり物流でもそうである、そういう延長としてグローバル経済になったのである。
グローバル経済になるとどうなるかというと極端な話が金持ちは日本では税金がとられるすぎると海外で暮らした方がいいとが貯金が海外に投資した方がいいとか金が海外に流出して人すら流出してゆく、それは日本だけではない、中国の金持ちはアメリカに国籍をもつためにアメリカで子供を産むことをしているのもそのためである。

つまりグローバル化とは国すらこだわらない社会になる。多国籍会社というのもそうである。だから愛国心とか土地への愛着も希薄化してゆく社会である。
グローバル化はだから土地に根ざす文化を破壊するのである。
食文化でももともとその土地に根付いて育まれたものがみんな同じものとして規格化される、ハンバーグをみんな食べるというのもそうである。そこに土地の料理が喪失してゆく
原発事故でなぜ町や村の全部が捨てられて国内に散らばりもう帰ってこないというのはそういう素地ができていて原発事故が引き金になってそうなった。
だから原発事故だけに原因があるとも思えないのである。
一億円もらえばこんな不便な所に住んでいない、そんなことを日頃から考える若い人もいる。故郷に執着するのは老人はそうでも若い者はそうではない
若い人は姑と一緒にいるのも嫌だとかこの際別々に暮らした方がいいとなる
それは金があれば今はどこでも生活できるからそうなる
それが極端になると外国でもいいとかなる、現実に老後は物価の安いタイとかフィリンピンで暮らそうとなり現実にそういう人もいることでわかる。
金が通用して大きな力もどこでももつからそうなる。


第一一億円もらってもそれが今や避難区域の荒廃した地域にもどっても何らその金は活きてこないのである。店もない、何かサービスしてくれものがない、荒野に一億円もってきても何の価値もないとなる、すると当然金をもらったら外で生活した方がいいし荒廃した故郷を建て直す気持もなくなる。それはかなりの苦労を強いられるし老人にとっても若い人が流出しているのだから帰って金があっても楽ではない
サービスしてくれる人がいないのだから金をもっていてもどうにもならないのである。
今はどこでも人手不足であり建築関係でも人が集まらないくて会社まで倒産している、会社を作れないとかなっている。
そこでいくら金を出してもいい人材が集まらないとなる,人材そのものが不足しているのである。そもそもあらゆく分野で人材は簡単に作れない、一朝一夕に作れない
医者などは特にそうである、これも相当な経験が必要だし他の仕事でも簡単にできないものがある、簡単にてきるものは派遣とかパートとかあるが人材は簡単にどこでもえられないのである。
金があればどこにでも住んでいい、日本にこだわる必要もない、世界のどこでもいい、あなたの行きたいところ行きなさいとかなる
ではそういうグローバル経済社会というのは人間にとっていいものだったのか?
なんでもいい面と悪い面がでてくるからいちがいには言えない
でもこの辺のことかかから考えるとグローバル経済社会の負の部分が大きく出たのではないか?

●故郷とか田舎に生きる価値を見いださないと他でも同じ結果に

そして故郷とは何なのかということが問われたのである。
そんなこと普通は考えない、当たり前のものとしてあるものだった。
それが住めなくなったとき考えるようになった。
故郷より金だよというのがそれまでもあり今それが現実となったのである。
別に原発事故周辺でなくてもそういう社会なのだからその素地があるからそうなりやすいのである。
だから故郷にはどんな価値があるのか?どういう価値があるのかということが問われる
一億円もらったら故郷に住む必要などないとなれば故郷は金に換算すればそれだけのものとなる。原発事故前からそうだったら別に故郷がなくなっても嘆く必要はないとなる
かえって一億円もらって外に出て新しい生活をした方が良かったともなるのである。
でもそもそも故郷とといっても原発事故前から農業はだめだ、子供に農業だけはするなと親に殴られたとか漁業にしても実際は成り立たない、東電からの補償金で成り立っていたことがわかった。
例えば川内村でも三分の一は原発関係で働いていたのである。
そして結果的に市町村が東電の会社の社員になっていたということも事故でわかった。
東電とはそれほど国家並みの巨大な会社だったのである。
その東電によって町も村も買われていたともなる。東電に町や村自体を売っていたともなるのだ。漁業などはあれだけ補償金がでるのだからそうだった。
農業にしてもこれももうやっていられないとか後継ぎがないとか崩壊寸前だったのであるだから原発事故がありそれが契機となって崩壊したとなる

つくづくだから一体故郷といってももともとそうして故郷にどんな生きる価値を問う人などいなかった。そこにあるのは故郷に田舎に生きる不満しかないのである。
だからこそ原発を誘致して金になることを選んだのである。
金の社会であり金になればなんでもいいとなれば当然そうなる。
故郷に生きる価値がそもそも認識していなかったのである。
自分の相馬郷土史などは郷土の価値を全体的に追及したものでもあった。
そこに芸術がありそれも追及してきた。
それを今詩などにまとめつつある。自然とその土地と歴史と一体化することがアイディンティティ化することが自分の価値だった。
だから故郷にある一つの石でも樹でもそれは自分にとって精神的な価値がある
ただ物として材料としてではない、精神的なものとして価値がある
それを詩にしたのが自分だった。まだその全容は示していないがそうだった。

では他の人はどういう価値を求めたのかというと農業でも漁業でも何でも経済的価値でしか計られないのである。そうすれば故郷の価値は工業とか比べれば格段に今では低いものとなるからそもそも故郷に生きる価値を見いだしていなかったとなる。
そうなら一億円もらって他で都会でも生活した方が便利だとなる
ただ農業をしないで稲刈りしたとき喜びがあったと、魚をとったと喜びがあったということでその価値を再認識した人はいた。でも経済的には収入では常に不満であり経済的に価値を認める人はいなかった。
TPPとかなるとますますそうである。農業はやらずに外国の米でも輸入した方がいいとなる。
何かそうしてこの辺はTPPを実現するのに適した地域になったのである。
農業でも漁業でも壊滅すればそこはもう零細な農業や漁業はやめて別なもの,工場にしろとなる。アメリカなどは農業国だから米でもやすく売りたいと思っているからである。
では農業とかなくなった田舎は故郷なのか?何かそれも問われているのである。
グローバル経済はTPPのように必然的になってゆく、そこには例外はない、食料もそうなってゆくのである。
この辺はともかく生きることの根源的なものが問われている場所である。
第一故郷は何かなど問うことなとありえなかったからである。








posted by 老鶯 at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/167375562
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック