2015年11月01日

山里の昔を偲ぶ詩 (栃窪村をイメージして)


山里の昔を偲ぶ詩


(栃窪村をイメージして)

ttttochi1.jpg

aged rock1.jpg

山よりの清き流れ 家の前にあわれ
洗い場ありて 日々の暮らしや
薪積みて 冬支度かな
秋の日静か 山里の昔を偲びぬ


その時、街はここより遠し
何もて行かむ 馬やリヤカーや
車なければ ここより遠し道
橋とてあわれ 木の橋ゆれぬ


炭焼きの烟は上り 街に炭を売る
街とて貧し 裸電球一つ
北風吹きて トタン屋根
炭にし暖をとり 寒しかな

その昔 街にし何を買ふ
ランプの油 近くにすむも
ランフの掃除、その灯し
暗き夜かな 藁葺きの家


山里に水車は のどかに回りぬ
その時の刻みの ゆるやかなれ
秋の日はさし 家々はまばらに
落葉を踏みて 山里は暮れぬ

薪を積む家や 鶏は放たれ歩み
清らかに水は流れ 洗い場あり
その流れの奥に 何かあれ
ひそけく野菊の残り咲くかな

街より遠く 医者とてなしも
救急車も来たらず 病になれば
ただ道の辺の 地蔵にすがり死ぬ
誰が墓やあわれ 村に残りぬ

流れの奥や 何かあれ
隠さる石は黙して 冬の日さしぬ
清き流れはひびき ひたすら黙す石
雪はふりつつ 春にも残る雪


ああ 貧しくも その村の暮らし
今はなつかし 便利なるも
今の暮らしは 何か平和なしも
贅沢なるも 不満のみぞ多し

汝いづこに憩わむ 満ち足りむや
便利なるも 贅沢なるも
人の心は荒れて 平和なしも
今原発事故に 荒れ野となるも悲しも

ttttochi12.jpg


これは栃窪村をイメージして作った。何回も書いたけど戦後十年くらいの生活は江戸時代のつづきだった。その時子供だったから貴重な経験だった。
それ以後急速に高度成長になり変わってしまった。
こうした暮らしは別に日本だけではない、世界中で同じである。
インドでは都会でも炭を今でも使っているが一方で牛の糞とかを街中でも利用しているし家では白黒のテレビでゲームをしていたし路地裏を野良牛が歩いている
インドでは現代と昔がまだあり混沌としている

栃窪村は街からするとその時は遠かった。なぜなら馬とかリヤカーが運搬手段だとするとかなり街に出るのは遠くなる。ただ炭焼きをどこでもしていたから街でその炭を売っていたから運んでいた。
これは日本中どこでも同じだった。つまり炭がエネルギーの基だったからそうなる。
ガスも石油も電気も燃料ではない、葛尾村などは電気が来るのはかなり遅かった。
それはネパールなどとにていた。電気がともらない村があるのだ。
そこの暮らしは当時とにていたし今でもそういう場所が世界にはある。

ともかく昔のことをふりかえると不思議になる。水道もいない、電気製品もない、舗装もされていない道とか橋でも木の橋でありそれが何かゆれて危険だったのである。
真野川にかかった橋もそうであり橋はみんなそうだった。だから洪水で木の橋は流されやすかった。それで江戸時代の野馬追いの行列では橋のない川をわたる絵が残っているのもそのためである。
道は舗装されていないからでこぼこであり自分は子供のとき家で店屋をやっていて農家に卵を買わされた、その自転車もいいものではなくどうしても糠に入れた卵が一つ二つは壊れるのである。それは道が悪いのと自転車もいいものではなかったからである。


今からするとこうした体験は不思議であり団塊の世代とかはみんなそういう時代に生きていた。何か団塊の世代は贅沢した時代とかみられるけど子供時代はみんな貧乏だった。
ものもないし電気製品もないし便利なものは何もない時代だった。
かえって農家の方が食料などでは贅沢していた。自家生産だからそうなった。
そもそもまだ物がない時代だからそうなっていたのである。
江戸時代は遠い昔とイメージするが戦後十年くらいは江戸時代の延長だったのである。
自給自足であり村はやはり江戸時代の村とたいして変わりなかったのである。
だから救急車など病気になっても来ない、そもそも車がない時代だからである。
ということは医者にもかからず死んだ人が多いということになる
地蔵などに祈り死んでゆくほかなかったのである。
そうなると長生きするのは無理だから60前で死ぬ人も多かったろう


そういう暮らしは村に閉ざされてなかなか外に出にくい社会である。何か鹿島の横手の人が相馬市に梨を売るためにリヤカーで運んだというのを聞いた
馬の肥料の草を橲原まで行って運んだというのも聞いた。
リヤカーが運搬手段だった。それも一日かかりなってしまうだろう。
確かに汽車は通っていてもそれで物を運ぶというのは遠くからのものだろう。
近くは馬とかリヤカーとかになる
そうなるとどこでも街から離れれば村は遠くなるのである。
おそらく経済でもせいぜい相馬藩内とかの経済だった。
今のように世界まで経済は広がるのとは大違いである。
身近にあるもので暮らす他ないのである。
ただそういう暮らしをふりかえるとき何か牧歌的に平和な暮らしだったなと思うのも不思議である。
それはその当時の負の部分が見えずただ過去を回想するからそうなる
医者にもかかれず死んでゆくのは辛いことだったというのもそうである。


それでも何か昔の方が人間的な暮らしに見えるし人間も素朴だっただろうと見える
現代は確かに便利に贅沢できるのだけど人間はかえって欲深くなりそのかえって満足できない、欲が世界大に広がったともなる。
その欲が拡大した結果、原発事故が起きたともなる。原発はこの辺では欲を満たすものとしてあった。原発は金になるから誘致したのである。
そして回りは荒野となってしまったのである。





タグ:山里の詩
posted by 老鶯 at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/166892168
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック