2008年07月05日

認知症の予防に効果的なことは (前頭葉の機能の特徴は物事を抽象化すること)


認知症の予防に効果的なことは
(前頭葉の機能の特徴は物事を抽象化すること)


●抽象化されたもの−金のことがわからない
 
認知症の予防に抽象画というのも奇妙かもしれんが認知症というのがそもそも謎なのは最初の驚きは銀行のことがわからなくなる、自分の預金を下ろせなくなる。これは普通の人には簡単なことである。ええ、そんな簡単なことがわからないのか?この金のことがわからなくなることがいちばんの問題だったからだ。人間金なしでは生活できない、買い物も金でするからだ。金のことがわからなくなったら致命的なのである。最後まで認知症の人は金にこだわるのは金が自分ものでも自分のものとして使えなくなるからだ。年金のことでも銀行のことでも金のことを毎日心配して言ったいた。今でも病院でも金のことを心配して言い続けている。金払ってるのか・・・金をやれとしきりに言っているのだ。これは認知症の人には共通している。金が人間にとって大事なものとわかっているから金にこだわりつづけるのだ。そうわかっていても金を自分のものにできないというもどかしさがありそれでわかんないわかんないと自分に腹たてていたことがあった。では何故そうなるのだろうか?前頭葉の機能が低下して破壊されて抽象化する能力を失ったためなのかもしれない、前頭葉の大きな働きに物事を抽象化する人間独特の機能がありこれが失われたからかもしれない、それだ金のことがわからなくなったのだ。銀行というのは金をあづけてあるのだが数字となっている、数字として金を処理する抽象的な存在だから銀行の意味がわからなくなるのだ。もし金の延べ棒としてあるなら私の金の延べ棒一本下さいとなりわかるのかもしれない、数字となっている金のことがわからなくなるのが特徴である。そして大人として生活したことは忘れていない、病院にいる認知症の人は毎日「お願いします、お願いします・・・」と大きな声を出して車椅子で廊下を回るから困る。すみません、すみませんとかも何度も言っている。まるで同じことを言うロボットが歩いている感じになる。でも看護師さんに世話になるからお願いしますと気を使って言っているのである。そういう大人として生活した記憶は忘れないからそう言っている。世話になっていることはわかっているから同じことを言っている。でもこの人は相当重症なのかもしれない、顔つきも違うしいろいろなことがわからなくなってしまったのかもしれない、でも大人として生きた記憶は忘れないから以前として看護婦さんに気を使っているのだ。
 
●人間は抽象化なしでは生活できない(漢字も抽象画)
 
最近随分抽象画に夢中になっている。絵にしようとすると全く才能がないのだがパソコンではソフトの作用で絵ができる。特に抽象画は具象画ができなくてもできる。人間の特徴は抽象化することである。そもそも言葉、文字は極めて抽象化したものである。言葉を話、文章を書くことは高度な抽象作業なのである。人間は生れたときから抽象化して物事をとらえているのだ。特に漢字は一つ一つが抽象画なのである。漢字を使うことは日々抽象画に接している、抽象画なしではありえないのが日常なのだ。日常的にそうなのだから抽象画は実際は身近なものなのである。数字そのものが抽象的なものであり数字を離れて一日もありえない、認知症はこの抽象化の能力を奪われてしまうことなのだ。漢字が書けない、計算ができない、銀行のことがわからない、つまり文章を書くことも高度な抽象化であり計算もそうであり物事を抽象化してとらえることができなくなるのだ。おそらく認知症の人の頭は認知する機能は子供の絵のようになっているかもしれない、ある人の顔とか姿が特別大きく描かれる、それは子供にとって大事な人、母親や父親だったりする。絵を描くことも抽象化なのだけど頭の中では優先順位が違ってくる。大きく見えるものが違ってくる。強調したいものを特別紙面一杯に大きく描くのである。認知症の人も人を認知できなくなる、わからなくなるが以前として頭の中では過去の死んだ人も死んでいない、その人は大事な人であり過去の記録に保存されて生きているのだ。現在のことが認知できないから過去のことにこだわり過去が現実となっているのだ。抽象画というと普通の人には関係ないように見えても人間の生活は抽象化なしでは日々生きていけないのだ。日々文章を読まずに暮らすことはできないからだ。だからパソコンで抽象画の訓練をすることは前頭葉刺激していいのかもしれない、簡単なものとしてダリヤを抽象化したものがこの絵である。花を四角にしただけである。そもそも花という漢字自体が図形であるから抽象画なのである。
 
 dariabutter1.jpg

ダリアと揚羽蝶 
 

抽象化は単純な図形化なのである。だからバソコンのソフトの作用で抽象画が図らずもできてしまうことがよくある。ソフトには具象を図形に変換するプログラムがしこまれている。ソフトに前頭葉的な機能があるともなる。
 
 
●整理分類することも前頭葉を働かせること
 
認知症の予防に簡単な計算とか文章の読み上げとか頭の訓練をすることがいいとか実際に実践している人もいる。認知症を防ぐには認知症にならないのにはどうしたらいいのか、その原因がわからないから多分これがいいのじゃないかとかでしている。その効果は実際は不明なのだ。ただ認知症特有の症状が共通したものがありならばこうしたらいいのではないかとか試している。まず年取ったから言って何もしなくなることはやはり認知症になる大きな要因なことはまちがいないだろう。例えば料理をすることは食事の用意をすることはかなり頭を使うことがわかった。特に料理をすることはその手順やら相当複雑なのである。それから台所を整理することは相当頭を使う、整理することは頭をかなり使うのである。自分がやっていて必ず一つ食事を用意するとき忘れるのである。だから認知症の人は整理できくなるのも分類できなくなるのが特徴である。そこに何が置くべきなのかわからなくなる。極端な話、下駄箱にリンゴとか平気で置くのである。それほどに整理ができなくなるのだ。下駄箱には靴を置くことがわからなくなる、そのことは整理、分類できなくなる。果物なら果物、魚なら魚、肉なら肉と分類整理できない、だからごちゃまぜになってしまう。台所の仕事は料理は最高に頭を使うものであり次にただ台所を整理するだけでも頭を使う、整理分類の仕事を日常的にしているからだ。この整理分類も前頭葉と関係しているのかもしれない、これも抽象化と関係しているのだ。だから四角、まる、三角とかあるとしたらそこに同じものを入れよと言ったら認知症の人はできないかもしれない、つまり四角のなかにまるを入れたり三角にまるを入れたりするようになる。前頭葉の機能が失われて極端な症状として現れたのかもしれない、整理分類することも相当に頭を使うことなのである。植物などでも整理分類だけでも学問になってしまうし学問の基本も整理分類にある。認知症になった私の家族は台所仕事すらししていなかった。仕事をやめてからは怠け者になっていたのだ。これはかなり認知症になる影響があった。台所仕事していた人は93才になっても認知症にならなかったからだ。
 
 
 skakumarunin.jpg
 
 同じものを分類しなさいというとき普通は下のようにはならないのだ。認知症は整理分類できないのは

抽象化した同じもの同類のものを整理できる機能が喪失してしまったからである。
 

posted by 老鶯 at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題
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