2015年10月05日

新たな文明が模索される時代 (ブラックなものがなぜ世の中を支配するのか)


新たな文明が模索される時代


(ブラックなものがなぜ世の中を支配するのか)

 




こいつがごますりだと言えるものがあるか?
一人がごますたならみんなそうだ
運命の段階はすべて、その下の段階によって
ごますられるのだ
学のある頭は金のある阿呆にペコペコする
すべてゆがんでいる
この呪われた世界にまっすぐなものはなに一つない
あるとすれば単刀直入の悪だけだ
これだけの金があれば黒を白に、醜を美に、邪を正に、卑賤を高貴に
老いを若きに、臆病に勇気に変えることもできよう
(アテネのタイモンーシェークスピア)


ドラマとかの弁護士像が綺麗過ぎるんだよな
実際の弁護士は殆ど法律ヤクザでしかないのにね

一昔前は、医療ミスとか言ってマスコミとか弁護士とかにも攻撃されたけど、
 医療ミスの場合はあくまでもミスであってわざと患者を殺そうとする医者
はいないだろう。でも弁護士の場合は故意の犯罪行為だ。
 職業上の倫理感では、弁護士の方が悪質だろ。
外科医もサイコパスが多い職業
メディア関係もサイコパスが多い職業

いるんだよこれが
医療ミス隠蔽のために殺す医者とか、気に入らない患者を殺そうとする医者が
多摩永山の医者が医療トラブルになってた俺の親父を殺そうとしてたらしく、部屋から医者か出た後に看護婦が飛び込んできたと思ったら、慌てて点滴止めて「殺されるかる逃げなさい」って
 そのまま点滴されてら医療ミスって形で死んでたとさ

せめて弁護士とか医者とか司法書士にかかわらない様な人生を送りたい

弁護士なんて半分は詐欺師かそれに近い存在。
ハシシタがいい例

弁護士なら横領着服しないって思い込みすぎだな
 チェック機能が働かなきゃどこにでも犯罪者がいる

 弁護士は前科者に優しい職業だから仕方ないだろ
元殺人犯とか元ヤクザとか普通にいる業界だぞ

日本の司法は中世未満
★★★法的問題の正解は「素朴な反論・再反論」の中にしか存在しない★★★

1)アメリカ・ドイツのように(特に国・大企業相手の)民事裁判にこそ国民参加制度を導入。
 2)アメリカ・ドイツのように「屁理屈パズルに過ぎない司法試験(←実務的資質と無関係)」
を欧米並みに無価値化する。
 3)アメリカ・ドイツのように裁判官の人事を民主化する(人事への国民の直接参加)

日本の司法は国や大企業の出先機関に過ぎないから、正義の通用する場でない。
 (日本のように、裁判官人事に国民が全く関与できない国はそうなって当然。)
 日本では最高裁事務総局(司法官僚)が影で裁判官人事を掌握し、
 権力者に都合良く司法がコントロールされている。
 日本人が多く誤解しているが、法的問題を正しく考える際に法知識は一切不要。
 

 
 なぜ人間はすべてがブラックになるのか?弁護士など正義を一番重んじる職業と思えるが現実は利権とかかわるから何かそこでブラックなのものになる。
遺産相続とかでもそこで大きな金とかかわるからそこで仲介するにしても何かブラックになる。悪く言えば弁護士も示談屋のようなものでそこで分け前を得るとかとなる職業である。
だからその職業自体がそうさせるともなる。
つまり弁護士はこつこつ働いて金をためるのとは違う、利権にかかわり一攫千金を得る職業だともなる、そこに何かモラルを頽廃させるものがある。
認知症とかの老人の後見人になった弁護士がその遺産を自分のものにして風俗で遊んでいたというのもそうである。
確かに月に二万くらいもらっていては少なすぎるというのはある。
だから馬鹿らしいとなる。そしてそうした利権にかかわるものは誘惑が多い
庶民だとなかなかそうした大きな利権にかかわることができない
それは大きな利権にかかわるものは誘惑が大きいからそこでその誘惑に負けてブラック化する

そもそもなぜこの世がすべてブラック化するのか?
宗教などというと一番正義とか愛を重んじるものだがカルト宗教団体になるとこの正反対である。
結局人間の欲望の方がまさるから厳しい宗教のモラルなど実践できない、だから露骨にかえってこの世の欲望を実現することになる
ただその宗教と正反対になっているからカルト宗教団体は一番ブラックなのである。
もちろんカルトとなるとまさにカルトであり誤謬の結果としてそうなっているからいい人が多いとか言われる
そこにはどろどろとした人間の欲望がありそのためにブラック化する
共産主義でも結局はなぜあんな悲惨な状態になったのか、それもこの世に理想社会を実現するということがかえってあれだけの犠牲を強いた。
皮肉なことは中国でも極一部の幹部が巨万の富を貯える結果となった。
つまりそうしたイデオロギーの理想の実現も人間の欲望には勝てないから一部の幹部は権力を我が物にするとその欲望を実現しよとするだけであった。

そういうこととを確かに「心の青雲」では指摘しているから同調する、左翼が信じられないというときそういうことが歴史的に証明されているからである。
司法でも権力側につくから原発でも最初から裁判ではとりあげないし今でも東電の幹部は罰せられることがないのである。
つまり司法でも官僚であり検察でも警察でも権力側につくように組織的に機構的になっていてそこで得をする仕組みが作られているのである。
公務員もそうであり自分の家でも公務員の家族がいたから得していたのである。
公務員は何か得する仕組みがあるからそうなる。
だから公務員もブラックだとなる、ただこの世でブラックでないものがあるのかとなる

医者でも看護師でもブラック化する、医者が無駄な薬を患者に投与するのはわかっていても金のためであり看護師でも天使となるのものが悪魔となる。
医者が何百人殺したとか看護師でも何百人殺したという事件があった。
そういう大きな犯罪ができるのも病院であり病院は怖いと思った。
そこで患者は弱者になり抵抗できないから怖いのである。
つまり抵抗できないことをいいことに権力をふるえる場所だから恐怖になる。
そういうブラックなことをネットでは絶えず言われている。
人間は権力をもつとモラルが麻痺してくる。
それは普通の人でも大きな金が入ると金銭感覚が麻痺する
何か自分が偉くなったような気分になり浪費してしまう。
現代はなにかにを言っても金がものいう時代だからである。
だから資本主義は金によってグローバルに支配する機構だとなる

「シリアにロスチャイルド中央銀行がない。シリアにIMFに借金がない

それでシリアの謎はそのアメリカ中心のグーバルな資本主義の機構に組み入れられないから不満であり民主化を欧米がしかけてロシアと結ぶアサド政権を倒そうとした。
世界機構としての銀行をもっていないということが不思議なのである。
銀行もまたブラックなのである。そもそも銀行の成り立ちとか紙幣の成り立ちが人をだますような搾取するようなものとして作られた。
つまり銀行は紙幣をいくらでも作れるということなのだ。なぜなら国でもそうだが紙幣は紙にすぎないからコストがかからないのである。いくらでも刷ることができるからでてある。
その紙にそもそも価値があるわけではないのだ。
価値があるのは別なのものである。それは重に土地とか物産とか技術とかいろいろあり紙自体には価値がないのである。
だから銀行を通じて紙幣をいくらでもすり貸してその土地とか物産とか技術とか現実に価値あるものを取り上げるのが銀行だとか言われる
銀行も消費者金融に金を貸し付けてもうけていたのである。
シリアではそうして銀行を通じて金を通じて支配できないからアメリカなどが不満であり民主化をよそおいアサド政権を倒そうとした。
なぜならシリアでは実際にたずねた日本人が人間が素朴でいいと何度も言っていたからである。
江戸時代のようにな状態にあったのか、その国はそれで平和だったのである。

そういう資本主義の価値観ではない価値観でいきる国でも社会でもそれは独裁だからと幸不幸は計れないからである。
戦後日本の失敗はアメリカの価値観に支配されてしまったことである。
アメリカがいい面があっても悪い面がありその悪い面も日本を汚染したのである。
民主主義にしてもそうである。ただ自由に自分の利己的権利追及するだけになった。
何か社会から共同性が喪失した。それは明治維新からはじまっていたのである。
私有権が認められこれがかえって共同性を喪失させるものになった。
土地というのものは大地はつながっていて分離できない、だから大地は結合しているから私有権を認めると共同性が喪失する
そもそも国でも国境で線引きできない、陸地でも空でも海でも実際に区切ることはできない、地球はすべて結合してできているからである。
だからあれだけ大きい中国でも国を否定する思想が生まれたのはそのためである。

グローバル資本主義というのがすでに限界にきていて世界的にも問題を起こす。
シリアの問題がそれと関係ないようでも関係していた。
欧米が善でもないしイスラム国がすべて悪でもないしロシアが悪でもない、何が善なのか悪なのかもわからなくなっているのだ。
それが今のシリア難民などの混沌を生み出している。
民主主義がすべての国にとっていいものでもない、欧米的なものがすべていいわけではない、その国々でつちかった価値観がありそれを否定することはできない
それを無理やり欧米では押し通すから混乱が起きて世界的な問題となる
その最大の動因が利権にかかわってそうなる。欧米の利権がありロシアの利権がありが他国に介入して混乱させて内部分裂して終始がつかなくなっている。

グローバル資本主義は欧米の価値観は見直す時期にきている。
それはキリスト教だからとかは関係ないのである。
キリスト教でも別に日本的なものとして受け入れればまた違った価値観の社会となる
仏教でもインドの仏教と中国の仏教と韓国の仏教と日本の仏教は違ったものとして受け入れたのである。
それはその仏像とか建築とかに現れている。中国の仏像と韓国の仏像と日本の仏像は違うのである。その国によって受け入れ方が違ったからそうなった。
だからキリスト教が諸悪の根源だとなるのは一方的見方なのである。
本当は日本は新しい文明を創造する使命を明治維新からになっていた。
東洋と西洋の架け橋的存在でありそれを内村鑑三などは主張していた。
西洋と東洋の融合した文明を作るのが日本の使命だというのは明治時代だったら江戸時代の国風文化が色濃く残る時代だから意識されたのである。
それが富国強兵とかの方向にかたよりすぎたのである。
そして敗戦になりアメリカの価値観を一方的におしつけられ消化できないままに今日のモラルの荒廃になった。

日本は日本的な新しい文明をルネサンスを起こすということを目指さねばならない
何か文明というと大きなもので関係ないように見えるがそれは地方でもありうる
一つの世界観とか価値観を作り上げることなのである。
それは自然と密接に結びついて成るからかえって東京のような大都会には起こらない
自分は石とか樹とか山とかとアイディンティティ化して一つの世界観価値観を作ることに個人的に芸術などで創作してきたのである。それは富国強兵の権力的支配の世界とは違うものである。
いづれにしろグローバル資本主義であり様々な組織機構であれ新たに刷新する時代が戦後70年で生じた、そういうときに天変地異が起こり易姓革命が起きるのである。


 
posted by 老鶯 at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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