2015年09月27日

抽象画(窯元のデザインー窯変がパソコンでできる)



抽象画(窯元のデザインー窯変がパソコンでできる)

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窯変(ようへん)とは、陶芸作品を焼成するときに、
炎の性質や釉薬(ゆうやく)の含有物質などが原因で、
陶芸作品に予期しない色が発色すること。

これはずいぶん前にデザインしたものだけどパソコンは前に作ったものでも変化させるのが得意である。
特にペイントショップはいろいろに変化できる
ただこれを自由に使いこなすことが相当な訓練が必要である。
ソフトも自分なりに使えないとだめである。
窯変というときこれは火の加減とか偶然に生まれる
陶器は焼いてみないとわからない、何ができるかわからない
パソコンでもそうである。何ができるかわからない
いろいろ操作してみてこれいいじゃないかと選ぶ
つまり偶然の作用によることが多い
だから化学変化であり窯変とにているのである。

窯元というとき何か自分は旅していて回ったのが窯元だった
お土産となるとその土地の個性あるものとなると日本では陶器になるからだ。
窯元の種類は多いのである。
だから窯元によった思い出がある
窯元をたずねるのが旅の楽しみだということもある
自分はふりかえるとこんなことをしていたこと自体相当に暇だったのである。
今になるとつくづく恵まれた平和な時代だったと思う
こんなして旅ばかりできたということか今になると不思議である。
なぜなら今や近くすら自由に行けない
食事を用意しなければならないし介護だから離れられないのである。

こんなことになるとは予想もしなかった
どこにでも自由に行きいつ帰るのも自由だった
考えてみればこんなことできたこと自体相当に恵まれていた
結婚して勤め人になり子供を育てるとなるとまず自由が若いときから喪失する
勤め人は何日かしか休暇がとれない
自分は一カ月くらいふりと旅して帰ってこなかったのである。
ただ外国はそれほど旅したとは言えない
日本はほとんど隈なく旅している
ただ登山は体力がないのであまりしていないのが心残りだった
アルプスを上っていればよかったとつくづくふりかえる
登山もきついから若いときするものだったのである。

とにかく茶道があるように陶器は日本の文化である。
だから窯元を回ることは日本の旅になるのである。
何か自分にあっていたのは一日絵を描いているとか
一日轆轤を回して茶碗を作るとかに向いている
ビジネスとか商売とか勤め人とかに向いていない
自分は団体生活にも向いていない
だから学校は自分には向いていなかった。
結局その人の性格にあった生活ができれば幸せである
ただマイペースで何でも学問でも芸術でもやれば上達した
学校のようにおしつけられると嫌いになってしまうのである。

とにかく芸術とか学問とかなると平和でないとできない
今のようなこの辺の状態は異常である
そうなると何か芸術とかの創作には向かなくなる
回りが混乱していて生活が落ち着かないからである
そうなると優先的になるのは元の生活の回復になる
それが容易でないからこの辺は芸術などの創作には向かない場所になった
とはいえ、原発避難者が補償金で毎日ギャンブルだ、パチンコだと遊んでいるのも
異常なのである。
除染とかで働いているのは外から来た人たちなのである。



タグ:窯変
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