2015年09月21日

老衰でも人間の最期はみじめ (仕事をしながらいつのまにかに死んでいる死がいい)


老衰でも人間の最期はみじめ

(仕事をしながらいつのまにかに死んでいる死がいい)


 
我が母の苦労つづきをその最期我はみとるやいたわりつつも


NHKの「老衰死」を見たけどあんなふうにして母も死ぬのかもしれない、老衰死というけどあそこまでなるのはそれなりにまた時間がかかる。
老衰というのは徐々に生命力が喪失してゆく死である。
食べられなくなると徐々に細胞が死んでゆくというのがわかりやすい。
本当に食べる量が少なくなる、こんなに食べないのに生きているというのが不思議になる死んでゆく状態になるともう何も食べない日がつづくのだろう。
水さえ飲まないようになる。そして肩で息をして息が苦しくなり荒くなり息が途絶える
でも脳細胞が死んできているから苦痛を感じないというのもそうなのかもしれない
外から見ていると息が苦しいから死というのは非常に苦しいように見えるのである。

だから死の前に認知症になるというのは一つの人間の生命の摂理なのかもしれない、つまり認知症になると暑さ寒さも苦痛すら感じなくなるし死も怖くならないという。
でも認知症になって姉はの死にざまは無惨だった
意識不明になるまえに確かに正気に一回帰った。
それから一カ月くらい無意識になっていた。何にもわからなくなったから死んだも同然だったのである。
人間は意識がなくなると死んだも同然になる。
何か意識があるか限り生きているのである。
なんか姉は女性でも豪快な人だった、体育系であり太っていて男でも人を恐れないのである。

だからたいがい強面の男性でも恐れない、堂々とわたりあうのである。
ただ性格的にはあまりにも強きであり功罪があった。
常に人を見下していたのである。だから死ぬ時まで自分は優秀だったと言って死んだからそんなに優秀なことにこだわるのかというのがわからなかった。
それも認知症になって馬鹿になったとかなどと言うことがあったのでかつての優秀な自分でありたいということを強調したいためだったのかもしれない。
ともかく人間の最期は誰でも悲しい、特にその人のことを知れば悲しい
自分の母親はやさしくしてもらったことがほとんどない人生だったのである。
もともと性格は素直でやさしい性格だった。
でも継母に育てられたり結婚しても前の夫が事故で死んだりと何か不運つづきだったのである。
だから何か遊んだということもほとんどない、働きづめ苦労つづきでありそれがまた異常な性格にした。
花も何にも興味がないとしたらそれは異常なのである。
ただそれも過酷な人生だったということがあった。

結局やさしくされたことがない人生だった。
だから自分は母には悪いなという気持が常にあった。
母は恵まれていたら上品なおくさんになっていた。
こういうことは大正生まれの人とかには多いかもしれない
戦前生まれでもやはり何か不運な苦労つづきの人が多いだろう。
それでも母は忍耐強い性格でありあまり愚痴も言わなかった。
これだけの不運でもそうだった。
今の人はささいなことでも忍耐しない、不満ばかり言っているのである。
そこが戦前とかの女性とは違っている、だからすぐに離婚するのである。
そんなに簡単に離婚することはわがままなことがあるのは確かなのである。

人間の最期はみんな悲惨である。成仏もなにもない、死は悲惨なのである。
ただ肉体の死とともに人間はすべてが終わるのか?
人間の生はなにかしら継続されてゆく、その次の世代に何か継続されてゆく
自分をよくしてくれた姉と母のことは忘れることができない
姉が死んでからいかに人間が非情かも知って余計に思うようになった。
人間の愛とか情は死ぬ間際まで通じている
愛は死後まで通じているのかもしれない、百歳になっても認知症になっても何もわからなくなったのではない、愛とかはわかるのである。
この人は優しくしてくれとかはわかるのである。
犬猫でもそうした愛情は通じるしわかる

だから介護は他人がするのはむずかしいし若い人には向いていないと思う
若い人のやることは別なことである。
家族として長く一緒にいた人がやるべきなのだろう。
ただもう最期の方になると介護の負担が大きくなりすぎるのである。
トイレにいけない、介助していたら夜すら眠れなくなる
何もできなるのである。
だからそこで情があってもその情の通りに行動できないというのがまた矛盾なのである。シリアの移民でもかわいそうだと言ってもそれでみんな受け入れたらどうなるのか
何かかわいそうだと思ってもそれを現実に行動に移すとなるとそう簡単には行動できないのである。

要するに死をどう迎えるのか?それは人間の死は肉体の死であり精神の霊の死でとないと
いうことを死ぬまで思いつづけることである。
肉体という殻は最期脱ぎ捨てる、でも精神は霊は死なないのである。
人間は死なないのである。キリストは死ななかった蘇ったからである。
聖霊は死なない霊である。肉体を越えたものでありそれがなくして人間はすべて敗北に期する
人間が死んで終わりだとなるなら生きていることすら無駄である。
人間は死なない命があってこそ生きることができる
永遠の命があるからこそ生きる希望がある。それがないといかに自然が美しいとか言っても死んだら終わりだとなる
自然が輝くのは永遠の命があるからである。
死とは肉体の殻を脱ぎ捨てることであり霊は死なないのである。

ただ誰でも自分でも病気になると精神まで病んでくる、病気に勝てる人はいない
体と霊の戦いがあるがどうしても肉体が衰えてゆくと心も衰えるのである。
元気溌剌として死ぬ人はいない、何か弱り果てて死んでゆく
だから死は死神の勝利であり人間は死によってどんな人も敗北すると見える
ただこう思いつづけること肉体に打ち勝つことは至難である。
すでにちょとした病気でも人間は自分でも弱気になってしまうからである。
老衰の死がいいというけど自分はなにか嫌である。
近くであれよあれよというまに仕事して一週間とか後に死んだ人がいる。
あういう死に方がいい、仕事しているうちにいつのまにかにあの世に逝ってしまっていたのである。
90才になり一週間前まで患者をみていて死んだのである。
別にその人は性格がいいという医者ではなかった、でも死に方はあまりそういうことと関係ないみたいである。

要する人間は最期まで仕事していることが大事なのである。
仕事でもいろいろある。別に医者だけではない、自転車屋の人も病気になったが最期まで仕事していたし同じように病気になった人も仕事している。
仕事がないということが意外と人間にとって辛いものにもなるのだ。
退職してからでもそうだし老後でも何か仕事がないことはもう生きがいもないということになり危険な状態になる。
その人は生きなから用なしとなることが怖いことなのである。
それはもう報酬の問題ではない、医者なら医者として任務を全うすることこそ大事になるともかく仕事というものが人間にとって金にならなくても欠かせないものなのである。
何か老衰というのも死ぬまで弱ってゆく姿がみじめなのである。
つまり死が意識されないように死んでいけたら幸せだとなる
仕事して病気になった、そしたら死んだとかなるのはほとんどみじめな死を意識されないのである。
あの人は仕事していたけど死んだのという感想なのである。
50才の人でアルツハイマーにてっても会社に行き仕事をして社会とかかわっている人は10年も症状が遅れて生活している驚きがある。
何かそこで脳が刺激されて脳の萎縮が進まなかったのである。
人間にとってやはり何か生きがいがないと病気でなくても衰えてゆく

姉がアルツハイマーになったのは退職してから怠け者になり家事も料理もなにもしなかったことが悪かったと思う。
画家はキャンバスの前で死ぬべきであり職人は仕事場で死ぬのがいいし農民は畑とかで死ぬのがいいとなる。
何か仕事をもたない人はだから老後でもみじめになっている、死ぬ前にすでに用なしとなっている、ただ命を伸ばすだけとなり無用の老人となって迷惑をかけるだけだとなる。
そしてだらだらと人に迷惑をかけて死んでゆくだけだともなってしまうのである。
ただ人間はどういうふうに死ぬかはどういうふうに生きたかともに通じる。
仕事をしているというときまさに仕事しながら死ぬというのはそこが死に場所だったとなるのである。

ともかく高齢化社会は介護社会でもある。介護の負担が大きすぎるのである。
まず仕事しながら死んでゆく人がまれである。延々と介護がつづく
自分だってすでに十年にもなるのである。
その労力は並大抵なものではない、だから旅行に全く行けないし近くすらゆっくりと行けない
そしてもっと深刻なのは重要な社会の仕事をしていた人が50才くらいでも仕事をやめて介護しなければならないことである。
それは社会にとって損失が大きい、その仕事にもよるがやはり技術職であれ何か社会的に重要な仕事をしている人が介護になると海外との競争力が衰えるとかまでなる
自分にしても何か介護が負担になると何か創作することも書くこともままならなくなる
介護が意味がないものでもない、でもその負担が現代では大きくなりすぎるのである。
だから一方で介護するということは人間として悪いものでないにしろ一方で仕事もできなくなる、有益な時間が奪われるとかなる。
だから若い人にしても結局介護は実りのない仕事だとなり誰もしたくない
それで有能な人間は介護などしない、介護している若者は社会のおちこぼれがふさわしいともなっているのが現状でありそれで問題を起こしたりしているのである。
タグ:老衰
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