2015年09月02日

株でも投資信託でも投資すると世界経済に興味をもつ (今回の中国が原因の株価の下落で思う)


株でも投資信託でも投資すると世界経済に興味をもつ

 
(今回の中国が原因の株価の下落で思う)


外国に投資した、これまでは日本だけだった。分配金が月にいくらかと入るので得だと思った、しかしこれも今回の世界的株価の下落でその元金が一割とかひかれた
すると配当金でもらっていても損だとなる。それは週刊誌に配当金が結果的に損になるとか書いてあったそうなのかとも思う。
そしてカナダの国債を買ったが国債と株価は逆の動きをすると言われていたがそうではなかった。同じように一割くらいひかれたのである。
だから安全資産ではない、でもそれはなぜなのかとなると投資をすすめた人もわからないのである。
そもそも株とか世界経済のことを専門家すらわからないというとき素人ではさらにわからない。だから専門家にまかせるのだが別に専門家も責任はとらないのである。
誰が責任をとらさられるのか、結局これも金を出した人はリスクをとるだけである。
証券会社も銀行でもリスクはとらない、一時投資信託で損した人が郵便局の人に抗議したが投資信託はリスクがあることを承知でするものでありすすめた人がたリスクとることはないのである。
結局すすめた人であれ会社であれ責任はとらない、とらされるのは金をだした投資者なのである。

こういうことは今の社会に常にある。そもそも世界経済などわかりようがないからだ。
学者でも専門家でもわからない、それは今の医療でも言える
ガンになったら手術すた方がいいと医者にすすめられて失敗した人もいる。
これも怖いのは責任は医者はとらない、患者がとるほかない、医療関係では医者でも病院は医療ミスを問われないような体制にしている。
医療ミスが膨大な数が責任が問われない、またいちいち問われていたら医者をしていられないということもあるのだろう。
ではガンになったらどしてどう対処していいか素人の人はわからなくなる
まずいろいろなことが言う人がいて情報社会でまどわされるのである。
それでインターネットで検索してかえって情報の迷路に陥り変な民間療法にたよって失敗した人もいる
自分の病気のときもたいしたことがないと思い放置して医者に行かなかったので手遅れになり死ぬこともあった。
自分の病気はわかりやすいものでありすぐに明確な判定ができる病気だったのである。
いろいろ一身上で追われていたので医者に行かずに致命傷になるところだった。
それと素人判断していたことが良くなかったのである。
だから別に医者を全く信用しないとかは良くない、ガンでも医者の判断を聞くべきであるただその医者の判断が万能にはならない、ガンの場合はわからないことが多いからである抗ガン剤の使用は副作用が強いから問題とは誰でも指摘しているからわかりやすい
そういう情報を吟味して結局これも自己責任で判断するほかないとなる
その責任は医者もとらないからである。ガンそのものがわからないからである。

株にしてもこれもまた専門家でもわからないが自己責任であり責任をとらされる
これだけ複雑な社会でいろいろなことがわからないにしろ自己責任社会になる
誰も専門家でも責任はとらないのである。
原発などでもそうである。専門家集団が危険はないというときそれを住民は信じて今回のように故郷に住めなくなった。住民は放射能のことなど知らないと言っても責任はとらされるのである。
だからいろいろなことを知らないということだけですまされない社会でもある。
でも人間の知でも情報でも極めて限られている、経験することも一個人の経験はあまりにも限られているから神の如くならなければあらゆることを知ることなどできないのである近くでも農業をしたことがない人は農業のことは詳しく知ることはできない
漁業にたずさわる人でもそうであり様々な仕事があっても近くでそういう人がいてもわからないのである。
だからもともと昔から職業が違うと異質な世界の人となり神秘化されたこともわかる。
昔は江戸時代でも直接交流が少ないからそうなる。
この辺で隣の村から来た麦付きを手伝いに来た若者は蛇だったとかいう伝説かあるのもそのためである。
隣の村すら人があまり交流しないからそうなる、だから飯館村の佐須村と大倉村は民情が一致しないから明治になって合併できなかったとかある。
それぞれが交流しなくても生活できる、自給自足が基の生活だからそうなった。

今は世界的にグローバルに交流世界になるから世界のことを理解しないと株のこともわからない。
カナダはどういう国なのだとなるとまたわかりにくい、カナダはG7に入っていたのとか石油が世界で三番目にとれていたのか日本とカナダの貿易額はどのくらないなのか、円とカナダドルの関係はどうなっているのかとかが知りたくなる
それは直接国債を買えば知らずにはいられなくなるからだ。だから何らか少額でも投資することはその国でも世界でも関心をもつことなるということがわかった。
それは具体的にひびいてくるからである。
グローバル化すると世界の経済のことでも国際関係でも常に注視していなければならなくなる。
カナダでも石油資源は豊だが中国のように経済成長がとまると需要がなくなり石油の値段も下がるから資源国にとっても打撃でありそれが国債の下落になったのかもしれないとかなる

そして中国に言われることは中国の経済の成長は安い労働力にありブランドを作るイノベーションがないから停滞したとが言われる。
つまり資本主義の発展にはもともと航海して新大陸を発見したり外国からの富をもたらすことによる資本主義があった。船の株主になりもうけたということである。
それもリスクがあるものだが船が沈没すれば投資した金は全く帰って来ないとういことがあった。だから今の株ともにている。
資本はまたそうしうて何かもうけがあるところに金が流れ投資されてその見返りが株のもうけとなって返ってくる、そういうことが資本主義になくなったので限界説が出てくる。もうもうけをだすものが世界でなくなったということが言われる
だから世界的にもう株は上がらないし長期に停滞して資本主義自体が衰退してゆく
もしく世界恐慌とかなり破綻するのではないかと言われる

それは地球の環境とも関係している。これ以上資本主義経済が世界を支配してしまうと環境破壊がますますすすむ、世界経済が停滞した方が環境破壊にブレーキがかかる。
電気がたりないとなれば原発がもっと必要だとなり今回のような事故になり自然環境が破壊され住めなくなる、住めなくなるということは最悪である。
それより自然環境を破壊しないで住みつつづける方がいいとなる。
つまりもう地球は経済成長する余裕がない、これ以上経済成長すれば環境が破壊され人すら住めなくなる、中国でも成長をかきりなくつづけようとしたら13億人もいるのだから
環境が破壊され住めなくなる、そういう歯止めがなくなったらどうなるのか?
その時地球自体に今回のような津波のような大災害が起きてくることも考えられる
自然から人類に対して環境破壊に対して抑制する働きがでてくる
それは人類の人口を減らすことにもなる。人類はこれ以上もう自然破壊したり経済発展を望めば大災害が起きたりする、原発事故もこれも人類に対する警告だったのである。
だからこれからは株で稼ぐとかそういう割りのいいことは望めないかもしれない
そうなると余った金をどうするのかということになる。
何か考えを変えなければならなくなる。

考えを変えるというとき価値観を変えることに通じる
資本主義で無限発展の価値観ではなく何か別な価値観である。
原発事故で避難区域になったところが若い人が帰らないというとき老人とかの価値観を共有できなくなったこともある。
老人はそこに長年暮らしてきたのだから愛着がある。
しかし若い人はそういうことがあまりない、世代間の価値観の共有がなくなったこともコミニュティが崩壊してゆく原因だった。
江戸時代なら代々親の職業を継いでいたのだから世代間で価値観が共有されてきたのである。
今では世代間での価値観も共有されていない、だからなにか避難区域がコミニュティまで家族でもばらばらになったのはもともとそういう状態だったのに事故で拍車がかかったということもある。
市町村でも何か価値観を共有して成り立っているわけではなかったからである。
だからこうなると今までの価値観ではなく共有する価値観に一つに生きるということを志向すれば再建できるということもある。
ただそうなると不便を強いられたり今までの豊かな生活も維持できないから価値観を共有することは簡単にはいかないのである。

ともかく
 
資本主義は投資してみないとわからない
貯金してもわからない
投資が資本主義だから

資本主義は投資することによって動いている
金の流れが世界的になっていることが資本主義である
つまり常に投資先を求めて動いている
だから投資者にならないと資本主義はわからない
また株主にならないとわからないとなる
タグ:株の下落
posted by 老鶯 at 09:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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