2008年06月15日

日本的感性−虫によせる歌の深さ−日本語が作る脳

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日本的感性−虫によせる歌の深さ日本語が作る脳
 

夕月夜心もしのに白露の置くこの庭にこおろぎ鳴くも−湯原王(ゆはらのおおきみ)
        (万葉集、しのに:しっとりと濡れて、しみじみした気分)

 
この歌が普通は介護と関係あるのかと思う。前も介護した経験から書いたけどこおろぎを病人として介護している状態として読むこともできるのだ。病人は弱々しく鳴く虫に例えられるからだ。心もしのに・・・というのが日本独自の言葉の表現であり病人のかたわらにいて心もしのに・・・よりそい看護する、介護するというふうに読むこともできる。こういうふうにみるとこの歌は別な様相を呈してくる。この歌もたまたまインタ−ネットでネットサ−フィンしていたらでてきたのである。インタ−ネットは誰かが引用したものを読むということが多いのだ。それも一句一首とかになり全部を読むことはない、この読み方がインタ−ネット的だったのだ。とにかくこの歌は極めて日本的でありしみじみとするいい歌だなと思った。なぜなら外国では虫は害虫でしかなく虫は詩にならないからである。これはだから極めて日本的な文化を象徴した歌なのである。こういうのが万葉集にちりばめられている。でも万葉集も数が多いからなかなかその歌の背景もありすべてを読めるわけではない、誰かが注目したのを読むとそれにつられてこんな読み方があったのかと感心して読めるのである。
 
ひとりしてしづかにきけば聞くままにしげくなりゆくむしのこゑかな

さまざまの虫のこゑにもしられけり生きとし生けるものの思ひは(明治天皇)

これも虫というものに共感する極めて日本的な感性を示している。確かに虫の声をよく聞いていると虫の声はしげくなってくる。様々の虫の声もよく聞いているとそうなのだ。天皇様だから民の声を聞くことにもこれは通じている。つまりさまざまの虫の声とはさまざまな人の民の声にも通じているからだ。明治天皇と昭和天皇は歌にすぐれていた。天皇だからやはり日本的感性を受け継ぐものとして自ずからあった。医者や看護師であればさまざまな病人の声ともなる。現代はこの日本的感性が環境の悪化でそがれている。日本的感性は日本の文化でありこれは大和言葉として残されている。日常的に使う言葉にも日本人は日本の感性、文化を生きているのだ。だから本居宣長が大和言葉を基にして唐心を批判したのである。大和心と唐心は言葉から分けたのである。日本人の文化、感性は大和言葉にありそれは世界でも独自の世界観を示したものである。それは日本という風土と調和して育成されてきたからである。漢字を使っていても日本人と中国人の感じ方は違っているのだ。どうしても大陸では感じ方がおおざっぱになってしまうのである。日本は極めて繊細な感性を培うのである。
 

日本語が作る脳
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog240.html

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