麦の値段があがる−米と麦が併存していた江戸時代
甲斐の山中に立ち寄りて、
行く駒の麦に慰むやどりかな
(野ざらし紀行の旅中最後の句)長旅の最後に甲斐の山中に立ち寄って、
古来名馬を産するこの甲斐の国の山中では、旅行く馬もいたわられて麦のごちそうをたっぷり受けていたわられ満足している、そういう宿に泊まり心も慰められたとなる。麦は馬の飼料にもなっていた。麦は常に欠かせないものとしてあったのだ。ただ麦が常食化したのは江戸時代であり製粉の技術と関係していた。
いざともに穂麦喰はん草枕
麦の穂を力につかむ別れ哉
田や麦や中にも夏のほととぎす
一日一日麦あからみて啼く雲雀
郭公招くか麦のむら尾花
麦生えてよき隠れ家や畑村
麦飯にやつるる恋か猫の妻
田と麦は併存してあった。田があれば麦畑があった。麦は身近だし食生活でも麦は欠かせなかった。旅をして食に窮する、その時麦がありそれを食わんとするのは麦が常に目の前にあったからである。麦の穂をつかんで別れるというのも麦がこれほど生活に密着していたことがわかる。麦は高度成長時代、池田首相が「貧乏人は麦を食え」と言ったがその時から米の生産は増大して米余りになっていった。子供のころ麦飯だったから高度成長時代に入る時代を象徴した言葉だった。麦を食うことは食のバランスで必要なものだった。白米だけを食べていれば脚気になったからだ。五穀を食べていればそうならなかった。江戸患いは白米ばかり食べていたからなった。江戸から田舎に帰ると江戸患いは直ったのである。
最近麦の値段ががあがりパンなども上がっているから困っている。それも田と麦が併存してあった時代が日本の中で生態系としてもバランスがとれていたのである。食を外国に依存するようになって単一商品の生産になる。アフリカとかでもコ−ヒ−ばかり作っているからコ−ヒ−が安くなり売れなくなると飢饉になってしまう。地元で様々な食料を生産していればそうはならないからだ。ここにグロ−バル経済の弊害があった。一国で食をまかなうことは国を支える基本なのである。東北の飢饉の原因の一つが江戸に米を売るために米を単一商品化したということもある。米ばかり作っていて米が不作になったら他の食料でまかなうことができない、五穀をもっと作っていれば米が不作でも補給できたかもしれないからだ。
グローバル経済は、投機やら政治的思惑などで大きく左右される
ガソリンの異常な高騰も投機のせいだとかグロ−バル経済は弊害も大きかった。今やその転換が求められている。石油はいづれ枯渇するのだから石油を使う文明は限界に達する。車社会も限界に来ている。余りにも便利なものは不便になる。便利を効率を合理化を極端に追求すると逆の現象が起きてくるのが人間の社会だった。プロメテウスが火を盗み罰を受けたようにイカロスが墜落したように罰を受ける。そこに人間の限界がある。人間はだから科学でも全能ではないのだから限界を自覚する必要があるのだ。経済でもそうだったのである。グロ−バルに欲望を拡大して富を追求することは罰を受ける。人間は制限された世界で生きることを宿命づけられている。江戸時代にもどるのは無理にしても一国経済を基にしたグロ−バル化が必要なのである。
麦のつく地名の背景(麦と米は併存していた)(地名談義)
http://musubu.sblo.jp/article/15243500.html
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