2008年05月28日

初つばめ−燕来る(旅の句一〇句)

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旅路来て赤絵の町に初つばめ 

帰化人の陶部(スエベ)の町や初つばめ

目敏くも子供見つけぬ初つばめ

瀬戸内の潮の速さや初つばめ

つばめ来る祖谷の奥まで旅路かな

つばめ来る稚内までも旅路かな

飯館に半年ぶりやつばめ来る

石増やし庭を作るやつばめ来る

つばめ来るパン食に変わる我が家かな

新しき花を植えたりつばめ来る

道の駅南相馬や初つばめ

停滞を破る速さや初つばめ
 
初つばめというとき一番印象に残っているのは赤絵町まで旅した時であった。みちのくから九州は実に遠い、そこで初つばめが飛んだので鮮明に印象として残っていた。それがこの一句だった。しかしそれも30年前とかなっているのだ。旅でも記憶でも時間と関係ない、鮮明な印象として残っていれば時間がたっても新鮮なのである。老人になると思い出が宝であり記憶に残ったものが珠玉のような価値となる。この世に残る一級の芸術品が時間とともに色あせないと同じである。
 
寛文十二年(一六七二)には赤絵屋の集落として赤絵町が既に存在している。
 
赤絵町がこんなに古い所であった。この時代から赤絵町という名はすでにここに存在した。九州は大陸との関係が深いのだ。
 
今日は締め切りの時間切れとなった。つづきは明日書いてみよう。インタ−ネットに興味深い有田焼の歴史が出ていたのでそこから引用して書けるだろう。俳句や短歌は短いから連作にすると一つの文芸となる。そしてやはりその俳句の作られた背景を歴史など読み解くことが不可欠なのだ。赤絵町というときそこにはヨ−ロッパまで広がる遠大な歴史があったからだ。
 
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