2008年05月25日

祖谷の俳句(春)



祖谷の山清流ひびき燕来る

燕来る祖谷の奥まで旅路かな

キセキレイ黄のあざやかに春の谷

さえづりつわたるや高きに祖谷の家

祖谷の家春日あたりて山の上

祖谷の奥花散り暮れぬ琵琶の滝


春の日や祖谷を下りて出合かな

祖谷を出て春田ひろがる城一つ

祖谷をいで平城一つ花見かな

祖谷の思い出は祖谷から出る時に出合という所があった。出合う場所だからこの名がついた。ここの霊山の麓にも行合道とあるから山国では山に閉ざされて暮らしているから山から出るところで出合とか名がついた。祖谷を出ると平地に出て電車にのり小さな城があった。その城が山深い祖谷を出て見たので新鮮だった。それほど祖谷は山に閉ざされた世界だった。その城では花見をしていた。城があるから平地があり米もとれる。それが日本では当たり前だが祖谷から見ると違っていた。つまり祖谷はそれだけ不便な場所だった。四国は山深いし山が高い、平地は少ない、山頭火の分け入っても分け入っても青い山とは四国の山々だった。しかしあの高い山々を上って歩いて行ったとすると大変である。今になればあそこまで行ったというのもずいぶん遠い、燕来るというとき稚内まで自転車で行った時も5月だったが燕が来る、燕がしきりとんでいた。北海道は夏でもまだ春だった。「燕来る稚内までも旅路かな」ともなった。

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