2008年05月18日

中国四川の大地震と江戸の大火の類似性


中国四川の大地震と江戸の大火の類似性

 
●江戸の大火は木の家のため防ぐことができなかった
 
江戸時代の災難は火事だった。この火事は防ぎようがなかった。原因は家が全部木材だし燃えやすいもの、障子は紙だし、すべて燃えやすいから火を消すのは纏いを立てるのはこの家で火をとめるという意気込みで立てた。火を消すというより家を壊して延焼をくい止めることが先決だった。武家屋敷では防火壁を作っていた。蔵は防火壁の役割があった。江戸の三分の一くらい焼けたことが何度かある。この火事は日本の家が木材だったためである。
 

江戸時代の火消しには建物の鎮火をする能力が乏しかった為、
隣家への延焼を食い止める為に、周りの建物を取り壊して延焼を防ぐ目的で纏
(まとい)が使われました。
この建物を壊して延焼を防げ!!という目印ですね


この火事をくいとめるには燃えないもので家を造る。ヨ-ロッパのように石やレンガで作ることだった。そういう技術がなかったのだ。木の家は地震には強いが火には弱い。でもどうして防火壁のようなものを町の中に作らなかったのか、あれだけの火事を防ぐ術もなかったのか、町の中に大きな壁を作ることが必要だった。技術的にできなかった。つまり災害は文明が進歩すれば防げる。明治になってからレンガやコンクリ-トになり木材の家が減ったから大火事はへった。それでも地震のときは火事が一番怖いことが神戸の地震が証明した。よくよく考えると木の家で全部江戸のような大きな都市が作られていることは恐怖の光景である。一本のマッチで火をつけて落としたら風など吹いたらみるみる広がってゆく、つまり江戸の町はまさに災害を招くように作られていたのだ。また木で家を作る他なかったのだ。もし日本に石で家を作る技術がヨ-ロッパのように入ってきたら火事は防げた。結局これも鎖国したマイナス面になるのか、でもヨ-ロッパは当時遠いから石で家を作れるようになったかわからない、災害は文明が進歩すれば防げる。イランなどのレンガの家で地震で大被害受けたのも家さえ変えれば防げる。飢饉でも江戸時代では何度も大飢饉があったが交通網の不備や様々な鎖国環境では限界があった。なかなか飢饉を防ぐ方法が国内だけでは見いだせなかったのだ。明治維新になり国際化して飢饉はなくなった。つまりどこの国でも鎖国状態では国内の問題は解決できないのである。
 
●中国はまた易姓革命が起こる?
 
今回の中国四川の大地震も文明が発達すれば防げる要素はかなりあった。おから工事とかあまりにもずさんな工事であり役人などの賄賂工事であり中国の極端な格差社会のためでもある。神戸の地震でも耐震基準が設定されていない古い家はみんなぺしゃんこになった。中国でも耐震基準もない壁に煉瓦を使っている、それは唐山地震が起きた三〇年前と変わっていなかったというから全然地震対策はなされていなかった。この地震で中国のかかえている問題が浮き彫りにされた。災害は文明の発達である程度は防げるものである。江戸時代は鎖国であり外国の技術も入ってこない故に限界があった。中国でも今回は情報開示してようやく日本の援助隊を受けいれたりオリッピックに向かっても国際社会を配慮して行動している。ミャンマ−でも独裁軍事政権だと情報を開示しないで海外からの援助を受けいれられないとか国民がかえって損をする。中国の変化としてはインタ−ネットなどで政府への不満の書き込みがあり反響があった。グロ−バル化の負の面も大きいがやはり国際化とは世界の文明先進国の基準をスタンダ−ドにならうことである。中国はまだそのスタンダ−ドにならわないとまだ後進国だとされる。中国の王朝の交代は易姓革命といわれる。易とは天地異変と関係して政権が交代するということになるから天地異変が中国王朝の交代になったことを示している。中国という巨大国家はなかなか変革することがむずかしいのだ。ヨ−ロッパのような市民革命なども無理だし明治維新のような無血革命もむずかしい。革命には大量の血が流される。
 
易姓革命とは、「君主の徳が無くなると、(天)命が革(あらた)まり、新しい君主が出てきて君主の姓が易(か)わる」という中国の古い政治思想です。これはつまり、前王朝が滅びて新しい王朝ができる
 
天地異変が革命につながりやすいということは市民革命とか民主革命とか起しにくい、今でも共産党一党独裁は王朝だというとき王朝交代が今回の地震で起きる可能性もある。おから工事による賄賂の問題も歴史的連綿とつづいてきた。民の字は目をつぶす意味だとか人民は王朝の支配階級に搾取されるだけのものだった。共産党は平等をめざしても共産党一党独裁の王朝となり人民をしばり人民からしぼりとる支配階級になっただけである。その不満は天地異変で再発するかもしれない、蒙古襲来でも台風がきて日本は難を逃れた。それだけではないにしろ天地異変は歴史を変える。このままだったら中国はますますチベット問題でも

他の石油問題でも軍事でも高圧、強力の外交になるだけだった。それがそがれたというのはやはり天地異変が歴史や政治も動かす変えるものになっているのだ。
 

外に開きグロ−バル化すれば必然的に情報は開示されその不満が爆発する危険性があるのだ。チベット問題も権力で隠そうとしてきたがグロ−バル化社会では隠しきれない、インタ−ネットでも何でも外に情報はもれてゆく、情報は封じることができない、それがグロ−バル化社会のいい面ではあった。いづれにしろ日本の援助隊が中国人に感謝されたようにこれには政治的意図があるにしろ人間はつくづく人種に関係なく困った時苦しい時助けてくれる人間はありがたいのである。私自身が介護とか病気と関係して痛切に思った。助けにならない人間は同胞でも近所でも全く何にもならない、親戚でも遠くの親戚になると全く助けにならない、だから他人以下だとなる。別にフィリッピン人でも介護で病気で助けてくれるなら日本人でなくてもいいとなる。本当に困り苦しくなると助けてくれるなら人種は問われない、それは国家を越えた問題にもなっているのだ。国家が助けてくれないで外国人が助けるとしたら外国人の方が親しい隣人となり国家の指導者に従わなくもなるのだ。だから政治的にはいろいろ問題があっても困った時は助けていたほうがいいとなる。情けは人のためならずとなるからだ。
 
こういうふうに私が言う時、プログに書いただけでも責任がててくる。あなたは口だけではないか?確かに金を出すとなるとなかなか百円もだしにくい、ミャンマ−もあり中国もありとなるからだ。そして援助金というのがどう回っていくのかわかりにくい、セブンエレブンで寄付したら結局会社の宣伝になり利用されるとか援助の問題はいろいろある。でも私がこう発言したら何らか援助する義務がでてきている。ともかく公に書くということはプログのようなものでも多少の義務と責任が必ずでてくるからそれなりに民主主義の実践になる。発言できることは責任がある。今までのようにマスコミだけが発言して多くの人が発言できなければ責任はないのである。匿名でも何でも発言することは責任をともなうことをインタ−ネットで各人が知ることは民主主義の発展につながる。
 

posted by 老鶯 at 10:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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