2006年10月21日

芒(桜井古墳)

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nidasakurai.JPG


みちのくの古墳に芒や夕日かな

散策の小径に古墳秋の蝶

新田川の瀬音に芒夕暮れて桜井古墳に我がよりぬかも


桜井古墳は古墳公園にしたからくつろぎやすい場所となった。みちのくでは何番目かの古墳だからそれなりの意味をもっているがもう一つ価値と意味がわかりにくい、真野の草原は万葉の歌でそれなりの意味と価値づけができる。ただ芒なびいているから草原(かやはら)をイメ−ジするのは余りにも文学的すぎたのだ。万葉集は文学なのは文学でも史実的なものとして裏付けされる必要がある。地名一つでも今と違って大きな意味をもっていたしそれは文学的イメ−ジとは違う古代史の中で大きな意味をもつものだったから草原(かやはら)は地名であったのだ。

ただまだ謎としてはみちのくの真野の草原・・としたときみちのく−真野−草原(かやはら)とも三つが地名でありそれも真野というと真野郷であり狭い地域なのにさらに草原(かやはら)という小さな地域が地名として歌われた謎である。そんな小さな地域が奈良の都の人に知られているということがあるのか、今だって遠い地域なら奈良とか京都とかなるし小字のような狭い地域を知る人は少ないし興味はない、特に古代ともなるとみちのくの中で知られた地域そのものがない、黄金のとれた小田は黄金がとれたから知られたのでありやはり真野の草原という何か産物、鉄がとれて都の人に知られたのかとなる。この辺の謎解きがまだつづくがちょっとこんな状態では手が回らなくなった。
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