2006年10月19日

酔芙蓉

suifuyou1.JPG

白と赤よりそい暮れぬ酔芙蓉

楊貴妃の面影浮かぶ酔芙蓉

秋風や書店消えて淋し町


酔芙蓉は朝が白く昼間に淡いピンクになり夕方に赤くなるという、毎日見ていたがわからなかった。まずこの花が芙蓉だとは思っていたが酔芙蓉だとわからなかったのだ。芙蓉は多いが酔芙蓉は少ない、畑に咲いていたのである。
この花が楊貴妃ににているというのはなるほどと思った。花弁が重なっていていかにも艶やかなのだ。芙蓉は花弁が大きく一枚だがこれは重なっているから艶やかになる。

この花が白から赤くなるのを確かめる必要がある。明日朝に見て夕方に見てみるのだ。ここでとったのは赤と白だが白のままのものもあるのか?変化していないのか?ともかくよりそって咲いているのはほほえましい、人間は争いが絶えない、こんなふうによりそう花がうらやましいとまでなる。

書店の閉店のチラシがでていた。ここの書店は自分の子供のときからやっているから50年はやっている。町の書店というのもそもそもみな過去のものになりつつあるのだ。大都会でもそうだから書店というのは本当になくなってしまうのだろう。書店には本がない、書店はまた情報とか知識に全く無関心でもやれる安易な商売だったのだ。何にも工夫も努力も必要ないのである。売れないものは返せばいいし収入が保証されていたからだ。知識とか情報は今やインタ−ネットとかで無限に流通する時代になった。

インタ−ネットでは本で蓄積されたものの一パ−センとくらいしか出ていないがそれでも相当な量になり役立っているのだ。本の読み方で変わったのは部分読みなのだ。全集などは全部読む人はほとんどいない、でも部分を読む人は必ずいる。調べ物している人は部分を読んでいるのだ。これがインタ−ネットでは便利なのだ。インタ−ネットはたえず部分だけを読んでいるのだ。自分のホ−ムペ−ジも100以上アクセスあっても一回きりが多くほとんど調べ物として読まれている、百科事典として読まれている。これも問題だが部分読みも必要な物でありものを書くときは必ず役に立つのだ。酔芙蓉にしてもすぐにわかるからこうして書けるのだ。

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