2008年05月10日

桜散るあとに・・・(十首)

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桜散るあとに・・・(十首) 


誰がたずぬ花散るあとや六万石
 
いつしかに里の桜のみな散りぬ我がたずねぬまに春はゆくかも

よそにみし桜の多し故郷の丘の桜や見ずにみな散る

花散れるあとのさみしき六万石相馬の城跡誰か訪ねむ

世に咲ける桜は多しなお見むや年を重ねて日の本の花

日の本の国にし生きて桜花あといくたびや今年も散りぬ

日の本の国の桜や散りにけりあたら命をむなしかるべし

会津なる遅き桜も散りにしや同じ県にも遠くありけり

みちのくの御前桜に京しのび今年も散るや街道淋し

峠越え昔の道や桜花風に散りつつ会津に向かふ

越えゆける峠いくつやはるかなり会津にいでて城の桜かな

会津への道こそ遠し桜花城を飾りて夕日に映えぬ


 
「あたらもの」(可惜物)とは古語で、「惜しい物」ということなのですね。「あたら命」などの表現で源氏物語にも出てきます。
あたら命(ヌチ)ぬ多(ウホ)―く、失(ウシ)なーりやびたん。沖縄(ウチナー)ぬ大戦(ウーイクサ)をぅて、あたら命落(ヌチウ)とぅしみーそち、

日本は花が桜をさしているように本当に桜の国である。「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」、桜について今年も随分書いてきたけどやはり旅をしても日本は春が一番いいときである。日本の桜を見て死んだら本望だとか言って行方不明になった外国人女性がいた。この女性は日本が桜で象徴されていることを知ったのか?桜についてはこれは語り尽くせない、日本のすべての桜を見ることはできない、今年は病院の桜が花見だったように桜の咲く場所は無数にある。死ぬまでどれくらいの桜を見るかといったらそんなに見れるものではない、桜は別に吉野の桜だけではないのだ。確かに吉野とか大坂城とか京都の桜は圧巻であり別格かもしれないが「聞きもせじ束稲山の桜花吉野の外にかかるべしとは−−西行 」別にこれはみちのくの平泉だけにいえることではない会津の奥でも見るべき桜はいくらでもある。まだ発見されていない地方の桜もいくらでもある。それらをみな見ることはできない、桜の歌にしても無数にある。桜に託した無名の人の歌も無数にある。日本人の心は桜にあるというのは本当である。ヨ−ロッパ人の心が薔薇にあるのとにている。ただ万葉集の時代は桜の美は発見されていない、桜はまだ日本人の心とはなっていない、中国からもってきた梅や橘がもてはやされた。そこが残念なことである。国花となった桜に注目されなかったのだ。人間は身近にあるものより外来のものを尊ぶ、すでに日本にはそういう傾向があった。あとから国学が発展したのもそのためである。
 
桜は徐々に咲き満開になりやがて散ってゆく、その余韻が美となっている。咲いて散るから潔く散るという戦時中の美学は大和心とは関係ない、為政者によって作られたものだった。太平洋戦争は陸軍でも海軍でも指導者がみな自分の利ばかりを計りずさんであり指導者の名に値しない人が多かった。指導者としてのモラルがあまりにも低すぎたのである。反面は下士官の方が真面目であり日本を思い戦っていた。だから上官に対する不満が多いしその落差が敗戦に結びついていたのである。だから戦後指導した人は誰も責任をとらないしそのずさんな戦略や命を無駄にしたことを問われない、プログなどで戦争のことを書いている人は指導者ではなくそうした真面目な下士官でありそのことを書いている人が多いのである。桜に対する思いは戦争という国民的悲劇にも新たな思いを追加した。桜が散ったときやはり若くして死んだ人を思い出す、桜にはその土地や時代やらでいろいろなことが追憶されるのである。
 
相馬六万石となる小藩だから桜が咲き散ればそれなりの思いが生まれる。相馬の城跡はただ堀りがあるくらいで偲ぶものがないのもまた一つの歴史なのかもしれない、ここに来ても何か城があったように思えないし城下町の情緒があるとしても外からきた人には特別関心のある人でないとわかりにくいのである。会津というとそれなりの大藩の歴史があるから桜でも偲ぶものがある。会津にゆくなら昔の白河街道をたどることである。ここはかえってさびれてしまった道であり淋しいのである。その淋しさがいいのである。勢至峠とかいくつかの峠を越えて会津まで行ったがこれも遠かった。御前桜とか京の姫が都を偲んだという御前桜とかもあり桜にまつわる話は無数にあるのだ。会津は同じ県内といっても遠い、別な世界になっている。福島県だけでもこれは相当広い、とくに山国の会津はわかりにくい、だからそこにも未だ知られぬ桜は咲いている。その遅い桜も散ってしまっただろう。
 
花もみなちりぬる宿はゆく春のふるさととこそなりぬべらなれ(拾遺77)
 
今回発見したこの歌は良く意味がわからない、ただ里山の一番近い桜を介護などで病院通いで見ていなかった、それがいつのまにかみんな散っていた、あとにさく八重桜まで散っていた。それでこの歌と共通しているところがあると思った。華やかに桜が咲いていたその宿の桜も散ったら元の変わりばえしない故郷になっていた。一時旅をして宿をとり見る桜は華やかだが散ってしまいばその華やかさも消えてかわりばえしない故郷の景色と同じになってしまったという意味なのか、これはまた別な意味のなか、よくわからないが一番身近な桜を見ずに終わったのでこの歌が共通したものを感じたので取り上げた。
 

御前桜について
http://www.musubu.jp/sakuranewpage2.htm

 

見逃している自然の美(会津の殿様の桜狩りの歌)
http://musubu.sblo.jp/article/3778815.html

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