2008年04月25日

飯館村はなぜ南相馬市に合併しなかったか? (地形的要因が大きい)


飯館村はなぜ南相馬市に合併しなかったか?
(地形的要因が大きい)

 
町(街)、村の魅力を形成するもの
 

●天然−地形
●歴史
●現在の活動


地域を活かすとか街の活性化とか言われる時代になった。地域の魅力とか街の魅力、個性とは何かとなるとこの三つが核となって形成される。戦国時代だと地の利、天の時、人の和が国を守るとされた。それも今も活きている。地の利が戦略上一番大事でありこれは今も変わらない、地の利がなければ国も町も市も栄いない、奈良や大阪が先に日本の中心地なったのは地の利のためである。これは神の配剤であり人間の力を越えた所で神が計画したものだからその備えられたものにより人間は歴史を作り文化を作ってきた。これは世界的にもそうであり小さな地域でもそうなのだ。隣の村というだけで言葉がちょっと違っていたりそれぞれの個性を育むものが生まれてくる。culture-その土地をル−ツとして耕すものが文化となった。日本は狭い島国だが国土は多様性に富んでいる。山あり川あり海ありと変化に富んでいる。一つ山を越えると別な異境に行くような感覚になる。坂−境が非常に多い国なのである。天の時はやはり時が熟さないと実りもない。栄えるには長い時間がかかるし外部からの刺激も必要であり時を待たねばならない、時間の作用も大きいのである。

今の時点を見るのは空間は容易に今でも体験できるが時間は歴史的に積み重ねられた時間を体験することは身近なところでもむずかしい。この辺でも江戸時代にどんな暮らししていたのかとなにとすでにわからなくなっている。
 
福島県にしてもこれも山国の会津がふくまれると多様性に富んでいる。会津はもともと一つの大きな国であり山国であり異質なのである。福島県が会津をふくんでいることは地形的に無理があった。どうしても地形的には宮城県との仙台の一体感が強くなる。会津は浜通りからすると交通も不便であり行きにくいし山が多くてもその山についてなかなか知ることができないのである。この地形的な地勢による一体感は飯館村が南相馬市と合併しなかったことでもわかる。地形的、地理的一体感がもてなかったのである。小高−原町−鹿島は鉄道でも地形的にもすでに一体のものとしてあったから抵抗がなかったのである。飯館は八木沢峠でも相当な高度の差もあり別世界なのである。地形からすると中国の内モンゴルでも遊牧民のいる地帯は標高が相当高いから寒冷地帯である。これは鉄道でなくて車で行ったから実感した。スケ−ルの違う高原地帯なのである。飯館もまた阿武隈で最も高い所に位置する高原地帯でありそれで寒冷化の影響が受けやすく米をとることもむずかしい所であり江戸時代に飢饉の被害者が出たということもわかる。南相馬−相馬市からみるとイギリスであればスコットランドのような別世界になっている。ただ川俣の方からすると地形的、地理的一体感はあるのだ。ただ歴史的に相馬氏に属することになった。地理的境界があったのだが歴史的に相馬に支配された。こういうこともありうる。地理的境界を無視して歴史的境界も作られる。すべてが地理によって地形によって人間の生活は制約されるとは限らない、国境も地理的境界だけでは決められない、一般に地形的、地理的境界になるが例外的に歴史的境界、人工的に作られる。いづれにしろ飯館は地理的境界として地形的一体感がもてないから飯館村として自立的に存続したともいえる。チベットともにているとなる。
 
相馬という狭い地域でも南相馬の原町区は東洋一の無線塔建てられたように明治以降一早く近代化した街としての歴史が原町市のイメ−ジを作っていた。それは今でもそうしたイメ−ジが継続される。相馬市は城下町だから原町とは雰囲気が相当違っている。原町には相馬藩の歴史を思わせるものが少ない。無線塔とか戦争中に飛行場があり飛行機を収める倉庫の跡が残っていたりと近代化された都市としてのイメ−ジがある。今でも対象的なのが道の駅の南相馬と相馬市である。南相馬の道の駅は今年になってできたのだが六号線の繁華な所にあり相馬市は曲屋風の建物で田んぼのなかにある。これも市の個性であった。南相馬の道の駅には現在の活気が感じられる。相馬の道の駅は田んぼのなかにあるから感じが相当違っているのだ。駅という時鉄道の駅が前は主役であり駅から新しい街が発展した。駅前通りが中心となった。これは小高でも原町区でも街の作りが駅前から作られていることでもわかる。それが車社会になった時、駅前通りは廃れるようになった。江戸時代は街道沿いが交通の場だからそこに家が建ち並んでいた、次に鉄道の時代となると駅前通りでありその次は車社会になると道路にそって街が発展することになった。人間の生活は交通の影響が大きいのである。飯館は交通でも不便であり一体化しにくい、一方で地形的には飯館は別世界になるので相馬市−南相馬市からすると魅力的だとなる。自転車で上るのは大変だがその落差が大きいから山を下る時は爽快であり気持ちいいとなる。いづれにしろ町(街)の村の個性は地形(地勢)−歴史−現在の活動から作られる。それが一体となる時個性的な魅力をもつことになる。過疎化という現象は現在の暮らしの活気が失われることでありこの影響が今は一番多い、いくら自然的魅力があっても人々の暮らしに活気がなければすべて活きてこないからである。病院すらそこに人々が集まる故に活気ある場所だったようにやはり人々が集まり生産、消費する遊ぶ場が活気を作るのである。

posted by 老鶯 at 22:28| Comment(0) | TrackBack(1) | 飯館村
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