2015年06月22日

東電は津波を来るのを予想していた (コストがかかるとか経営陣が対策をとりやめていた)



東電は津波を来るのを予想していた


(コストがかかるとか経営陣が対策をとりやめていた)




東電は08年春、社内の研究で、明治三陸地震が福島沖で起きたと仮定、想定水位5・7メートルを大幅に超え、
 最大で水位10・2メートル、浸水高15・7メートルの津波の可能性があるとの結果を得た。
 新たな津波評価を受け、原子力・立地本部の幹部らが対応策を検討したが、
 設備を主管する原子力設備管理部は「そのような津波が来るはずはない」と主張。同本部の上層部もこれを了承したという。
 実際にはこの津波評価が的中した形となったが、
原子力設備管理部の部長を07年発足時から昨年6月まで務めていたのは、
 皮肉にも現在、福島第1原発で陣頭指揮を執る吉田昌郎所長だった。
http://megalodon.jp/2011-1128-1551-43/www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20111128/dms1111280716000-n1.htm

東北電力は第一原発のすぐ北で小高浪江原発の計画をしていて、
 今回クラスの津波が来ていたことは調査で分かっていた。
 (東北電力は掘って津波の痕跡を調べていた。
 東電が津波を知らないなんで嘘でしかない。

やっぱり理系は優秀だから、正しく事態を見抜いていたんだな。
たしか、東日本大震災前に
福島県議会で、津波の危険性を指摘したけど
東京電力はシカト


そもそもこういうふうに津波の話題がでていたこと自体あまり地元でも関心がなかった
もし津波に対して東電で警戒していたとか話題になれば地元の人も津波が来るんだと
警戒したからそれで今よりは命も助かったかもしれない
福島県浜通りでは特に津波の伝承もなくほとんど関心がなく津波が来ないものだと思い込んでいたからである。
だから自分も前になぜ理系集団の東電が津波をポーリング調査で科学的に証明して学者が東電に警告していたのにきかなかったのか疑問だった。
実際はそうではなく津波が来るのを想定していたのである。

その点東北電力が違っていた。小高で津波の痕跡を調べていたという、それだけ津波に警戒感をゅっていた。女川の原発は津波に警戒して作り辛うじて助かった。
でも不思議なのはもし小高でそうして津波の痕跡まで見いだそうとしていたら
地元の人でも津波はこの辺でも来るのと警戒しただろう。
もし東電でも津波を警戒して防波堤を作っていたらあんな高い防潮堤を作ったのだから
そんな津波が来るのと驚き警戒しただろう。

確かに相馬市の松川浦の奥までボーリング調査して津波の痕跡の砂が発見された。
そんな奥まで来たのかと驚くものだった。
だから相馬市でも浜通りでも津波が来ないということはなかったのである。
ただそうはいっても津波には関心がなかった
それは東電とか東北電力とかなるとかやはり科学者の集まりだから違っていたとなる
そういう優秀な理系集団であったがその理系的なもの科学的追及心とかが活かされなかった
経営コストととかが幹部でかかわると政治家もかかわりとめられた。
そこには政治的なものや経営がかかわり科学的なものが活かされなかった
科学は客観的真理であり政治とか経済的コストととは関係ないものがある
それでガリレオはカトリック教団に攻められてもそれでも地球が回っていると言った。
つまり政治的なものやその他経営的コストなどに左右されないのが科学的真理なのである
もう一つは重大なことがマスコミでは取り上げないし報道しないことがある
福島県の新聞などもそうである。完全に官製報道でしかない
福島民報でも聖教新聞をすっているからもう東電でも宣伝費を出す所は批判しない
それで福島財界という本が最初原発に批判的な記事を出していたがすぐにとりやめた
それは東電から相当金が回ってきたのだろうと取りざたされた
そもそもあのような月刊誌が成り立つ資金など販売から得られない
すると宣伝費で成り立つから政府とか大企業にはさかえらないのである。

いづれにしろもし東電で津波対策して高い防潮堤を作ったらそれは新聞でもテレビでも隠すことができないし報道される
する地元の人もあんな高い防潮堤が必要なのか?
そんな高い津波が来るのかと驚いたろう
そしてもしそれが津波の警戒をうながしたら被害があっても少なくできたということもある。
そもそも津波に対してあまりにも浜通りでは無関心だったからである。
だから原発はかえって津波に対する恐怖を勘気するものとなったのである。

そして小高と浪江の間に東北電力の原発が作られるすでに工事がはじまるとういことにも無関心だった。
小高だと隣の原町でも鹿島でも相馬市までも避難区域になったから恐怖だった。
これもまた無関心だった。
ただ今回東北電力が作る所の高台は津波をまねがれたから東北電力は信頼できるとはなる東電と東北電力の差は津波に対する危機感が違っていたのだろう
それでもやはり東電となると理系の優秀な集団であり津波を予想していたのである。
それでも津波対策ができなかったのはなぜなのか?
やはり政治家とか経営とかがからみコスト的に損だしさけていて津波にあってしまった。
吉田所長の責任も重いものだったのか?
理系でありやはり津波のことを知っていてもその対策をしなかった。
吉田所長が責任を感じて最後まで原発に残ったというのもそのためだとかなる
現代は国の責任もあるけど大企業となると国なみの力をもつようになった
トヨタがすでに国ではないかとも思う、だから財界によって大企業によって国が左右されやすい、東電は一つの国の中の国だったのである。
権力関係では政府より力があり検察もとりこめる力をもっていたのである。
だから未だに東電の社長も会長も罰することができないことでもわかる。
それだけの権力をもっていたのが東電だったのである。
保安院などは単なる飾りであり官僚の検察でも天下り先が東電だったのである。

権力の怖いのは例え科学にかなわないことでも理不尽なのことでも権力でノーとなれば
それが通るのである。
官僚に不満があるのは民間会社の人がそうした権力でやれることもぃれなくなるからである。
そしてその権力に対抗するのは誰もできなくなるとき権力が暴走するのである。
自分の本でも図書館に置けないとか地方の役人でも権力をもっているのである。
創価でもなぜあれほど権力追及なのかとなれば権力でおいしい思いができるからである。だから東電の宣伝を聖教新聞でも積極的にしていた。
そういうふうに権力と癒着することが腐敗をうむ
そういうことは戦時中も特高とかいてとりしまられていたのである。
だから巨大な権力を誰が制御するのか?
政府も大企業の言いなりになり検察もそうでありマスコミもそうである。
結局誰もできないから津波が罰したとまでなるのである。
天により神により罰せられという他ないのである。


 
タグ:東電
posted by 老鶯 at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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