広瀬川の河畔を歩み秋の蝶
掃除婦に朝の秋日や親し道
秋日さす生を惜しみて公園に
秋日さすベンチ二つや公園に
噴水に鳩水浴びや秋暑し
古本二冊仙台に買い秋深む
秋日さし来なれし道の公園の乙女の像に鳩のよるかな
久々に仙台に来て植木市とりどり映える秋の薔薇かな
久々に仙台の通り歩みきて惜しむ時かな秋の日さしぬ
春行ったきり仙台に行っていなかった。5カ月くらい行かないというのは長い、それだけ行けなくなったのだ。病人をかかえるとちょっと出るのがむずかしくなる。特にアルツハイマ−のショックは24時間夜まで離れられなくなることを書いている人がいる。これでは鬱病になってしまうのが当然である。今では簡単に外出できないから外出する時間が特別貴重な時間になってしまった。
生を惜しみてというとなんか癌を宣告された病人のようだがだんだん先の短い時間になっているからおおげさではない、余りにつくりすぎるとリアリティがなくなりいい作品でなくなるが秋の日のさす通りを歩いて何かそれだけでいとおしいものに感じてしまった。
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