2006年09月25日

鈴虫


鈴虫の澄みし音色をこの夕べ今日も聞きつつ川べり歩む

りんりんとひびく鈴虫の音を毎日夕方に聞いている。誰かがその澄んだ音色を聞いている。鈴虫が美しい音色を奏でるのも必要だがそれを耳をこらして聞く人も必要なのだ。芸術はまさに鈴虫であるものとそれを聞く人が必ず必要なのだ。一句の鑑賞にしても深く鑑賞できる人と全く平凡にしか鑑賞できない人がいるように芸術は創作する人も大事だが鑑賞する人も大事なのである。芭蕉の句でも未だにそれは人によって様々に解釈されている。それだけ名句となると人の個性によって見方が違ってくる。俳句は短いから歴史的民俗学的地理的天文学的背景とかにより深い様々な鑑賞ができる。そうしないと一句は孤立してその意味は深まらないのだ。
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