2015年05月18日

浪江の請戸に消えた原発御殿 (私有地の前の海に権利があり補償金が支払われた)


浪江の請戸に消えた原発御殿


(私有地の前の海に権利があり補償金が支払われた)



所有権の問題から海底の土砂を取除く工事などができず、港内の水深が浅くなって船の往来に支障をきたすようになってきたため、同市が買い取ることになったとのことです。なるほど、元は私有地ですから、例え海底に沈んだとしても所有権は消滅しないので、この土地の売買については納得できました。

先住民による前浜と海底の所有権
―ニュージーランドの2003年「マールバラサウンズ判決」―
マオリ族の間では,前浜及びその延長は,その前浜に隣接す
る陸地に居住する部族集団の土地であるという慣習上の了解がある。
http://www.shotoku.ac.jp/data/facilities/library/
publication/education-gaikoku43_01.pdf



漁業権というのは相当にわかりにくいし未だ確定されていないもののようだ。
「海は誰のものか」とか「山は誰のものか」とかなると海で生活する漁師のものであり山も山で生活する村の人たちのものだということになるのが普通である。
ところが一軒一軒の家の前の砂浜でも海でも所有権があるとなるとわかりにくいだろう
山が私有地になっているのはわかりやすい,でもこれも明治以降にそうなったのが多いのだろう。入会権となり村が山を所有していた。
今でも山菜をとるなというときそれは山が山に暮らす人の場となっているから勝手にとるな入山料を払えとなった。
川でもそういうことがあり鮎をとるとしたら組合に金を払う、組合では川を管理して稚魚を放ち釣りをできるように勤める
海もそれで漁師で組合を作り海を管理して漁業組合ができた。
ただその前に一軒一軒の家の前の砂浜であり潟でありその家の個人の所有だというのはどういうことなのかわかりにくい

でもなぜそれが主張されたのかというと原発で東電や政府から補償金をもらうために主張されたのである。
それでもその権利が認められてそれなりに補償金が支払われたというのも東電では金があり早く金で解決したかったからだろう。
それは浪江の請戸の話とか言っていた。
何でもその人は仕事で仲間になった請戸の人の家に招待されたことがあったという。
その家は金の襖だったらしい、それは東京から職人を呼んで作ったとか言われる。
それは相当に豪華なものだった。まるで秀吉の黄金の茶室とにていたかもしれない。
それだけ請戸は事故を起こした原発の煙突が見える位置にあり近い。
だから他より補償金が高かったことは言える

でも磯部の人も船主であった人が御殿を建てていたとか言っていた。
原発御殿というのが磯部でもあったのである。
松川浦には百艘の船があったからである。
だから今ではそうした漁業権をもって補償金が入っている人たちをうらやむ人がいる
原発前はそうであってもあからさまに言えなかったのである。
自分の家の近くにも烏崎の人が家を建てたからそのことは言える
相馬市の総合病院に入院したときも請戸の人がいて特等室に入って家を建てると言っていたから軽く億の金をもっている

小高のばあさんが補償金一千万ためて喜んでいるとか聞いた。
でも使わないという、将来のために金を使わないという。
ただ一千万で喜んでいるのはやはりそんな金をもったことがない人がまだ多いのである。一千万では家も建たない、そもそも補償金一億円もらったとしても
土地も家もなくなったら家を建てるのに5000万はかかる。
そしたら一億円で足りないとなるのである。
仕事も失ったらその損失は今の時代の計算では一億円でも高いとは言えないのである。
一千万で喜んでいるとしたらやはりそれだけ貧乏な人たちなのだろうとなる

ともかくこの辺で起きていることは様々な夢のような物語にもなっている
そんな黄金の襖の御殿が津波で一瞬にして流されたこと自体夢のようだとなる。
磯部であれ請戸であれ津波で何もなくなってしまった。
砂に埋もれて元の砂州にもどるような状態になったのが磯部であり
請戸は一軒の家も残らない、あまりにも無惨な悲惨な状態になった。
本当に夢のように消えた、夢の御殿だったとなる
それは別にこの辺だけではない今回の津波で家をし失った人たちの気持をどんなものなのだろうと想像がつかない
近くでもそうであり家がある人は感じないのである。

一瞬に贅を尽くして建てし家津波に流され夢の跡かな

まず浪江もあのように荒れ果てたままになりもどらない、人も帰らないだろう。
若い人はもう帰らない、だから請戸でもただ荒寥とした砂浜になってしまう。
もう漁港は再建できないのかもしれない、松川浦とか鹿島は一応漁港は再建しているから違っている。
磯部にはもともと漁港はなかった、新地も漁港はなくなった。
津波はあまりにも大きな災害であり最初から現実に思えなかったのである。
これは夢じゃないかと現実に思えなかった。
人間はあまりにも変化が激しいとそれが現実に思えないということである。
夢の中で生きているんじゃないかとしか思えないのである。
いづれにしろこの辺で経験していることは様々でありそれが未だに現実として受け止められないという人たちも多いだろう。
一瞬に幻のように村でも消えたということが信じられないのである。

タグ:漁業権
posted by 老鶯 at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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