2008年03月22日

春夕陽(病院でリハビリを手伝う)


今日は二度起き上がりしや春の山


リハビリの介護を終えて春夕陽

病院に通いし道も日長かな

看護師の男は一人やさしきや老をいたわり春の日暮れぬ
 
ベッドに二度起き上がったということは調子がよかった。起き上がれれば寝たきりにはならない、後ろで支えているだけでリハビリは簡単である。問題は手袋でベッドに縛られていることなのだ。手袋をとるとベッドから自分で落ちる場合があるだ。認知症の人は自制がきかなくなりそうなりやすいから看護婦はいつも手袋をさせてベッドに縛ってしまう、私は手袋をとり自由にさせてみている。今日はでも腹に手をやったりオムツに手をやったりしなかった。こういうこともあるのかこれなら安全だと安心したし疲れなかった。病院でも施設でも家族が介入しないと必ず手抜きがでてくるし手が回らなくなるから問題がおきる。病院の問題はこの手袋による拘束だったのである。今日は隣の認知症の女性の部屋があいていた。うるさいので個室に移されたというが夕方には帰ってきていた。この人はのべつとなく訳のわからないことをしゃべりつづけている。それに回りの人も答えている。正常な人もあいづちをうって気をまぎらわしている。病院はやはりみんな淋しいのか話したいためにそうなる。ここの病院に看護師の男は一人である。全部女性に囲まれて一人男というのもどんな感じなのか?老人の女性の下の世話までしている。こういうときはやりづらいだろう。とにかく病院はどこでも老人病院なのである。老人施設とたいして変わらない、だから下の世話が日課になっている。
 
私の体の状態がまたおかしくなった。近くの病院でみてもらったら「炎症性粉瘤」だと言われた。背中に瘤ができて腫れている。すぐに手術だといわれてびっくりした。切って膿をだし袋状のものをとりだすらしい。これは誰にでもなり手術自体は簡単だという、でも一週間くらい安静が必要になってくる。私の家族が調子が狂ってきたのは自分が大腰筋痛になってからだった。私の体も同時に悪くなってきていたのだ。今度は軽いにしても手術までしなければならない、他にもこれより悪いところがでている。悪いことはかさなる。やはり介護は健康でないとできない、私の家は介護する人手がない、それで自分にすべてがのしかかってくる。結局これからの私の生活は介護であり自分自身も病気になり終わってしまうよに思える。なんか先が見えてきてしまったのだ。遠くへの旅行はできない、それもこれだけ旅行したし遊んだのだから文句は言えないのである。つまり人間も旅でも遊びでも十分にしていないとできなくなる。人間にはつくづく有限の時間しか与えられていないのである。だから定年退職したら自由な旅をまずしたいというのはわかる。介護など誰もしたくないだろう。でも60以後は介護になりやすいから自由な時間ももてないかもしれない、人間に与えられた時間は本当に有限である。あれもこれもはできない、そうできると思っているうち時間が尽きてくるのである。体力も能力もついていかない、尽きてしまうのが人生だった。
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