2015年05月11日

同じ年の人が近くで癌で死亡 (癌が増えていることの恐怖)


同じ年の人が近くで癌で死亡


(癌が増えていることの恐怖)


そもそも日本人と欧米人は体質が異なるので、同じ食事を摂っていても、日本人のほうが糖尿病になる確率が高い。糖尿病になると、インスリンというホルモンの血中濃度が高まりますが、これにはがん細胞の増殖を促す作用があり、発がんリスクが2割ほど高まることがわかっています」(前出・中川医師)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40436?page=3

二年前だったかその人と話した。前の家の人と三人で話した。その時自分が病気で入院してひどいめにあったことを言った。
その人はその時は病気ではなかった。まだ癌に気付いていなかったのだろう。
その人が今日死んだと聞いて驚いた。
癌で医者に通っていたから突然ではなかった。医者嫌いで病院に行かないということも言っていた。
癌で死ぬ人は日本人で明らかに増えている。
高齢化もありそのためにふえたというが50代60代でも相当に増えていると思う。
最近50代の近くの人が癌だと聞いた。
でもその人も普通に仕事しているかとても癌になったとは思えないのである。
ただ癌でもいろいろあるからわからない、体の場所によって悪質なものとないものがある膵臓癌とかは最悪で確実に転移して死にいたると言われている。
自分も癌の検査をしたが癌ではなかった。
でも癌になった人は患部を全部切除している。その人も60代であった。
ただこれは切除すれば直るものらしい、患部によっては悪質であり直らないのが癌である。


癌の恐怖は中学生の時体験している。父親が肺ガンで死んだからである。
それ以来自分は死の恐怖にとりつかれた。
それで宗教を探求するようになった。宗教の道に入ることは病気が原因なことが多い。
病気が深刻だからそうなる。自分が病気でなかったが死というのは最大の恐怖であった。癌はまた苦しんで死ぬのも悲惨である。
癌は患部が増殖したまま焼けないで残っている。
それが癌の恐ろしさを如実に示していた。野辺送りで埋葬していたから自分はその焼けない癌を見たのである。
その頃まだ外で薪を積んで焼いていたのだから今になると驚くがその頃はみんなそうだった。
火葬場で焼くようになったのは戦後十数年たってからだった。
それまで火葬は外で薪を積んでしていた。それは今もインドではしている。
そういうふうにして人間は焼いていたのである。
これほど無情な光景はなかった。
人間には生きるということは驚くべきことである。
その最大の恐怖と驚きが死なのである。
津波でも多くの人が死んだがこれも驚くべき光景だった。
もちろん戦争で死んだ人たちもいたから常に人間が生きていれば死に直面する
ただ一時に多数の人が死ぬということが違っていた。
その時死は日常であり死ぬの当たり前であり生きているのが不思議だとなっていた。
そういう感覚もその時代に生きてみないと実感できないのである。

いづれにしろ癌が増えているというときなぜなのか?
高齢化で増えているというだけではない、それは日本人の食生活が変わったためだというのは本当だろう。
外国人の体質は日本人と違って肉を消化する酵素が出るというのもそうである。
人間にそんな違いあるのかというとき肉食民族は肉を食うための体に作られてきたのである。
日本人が穀物を食べるから腸が長くなったのと同じである。
日本人の体質は肉食に向いていないのである。
肉を消化する酵素が出ないのだから肉を良く消化できないのである。
牛のように穀物類を腸を長くして消化するように長い年月で作られてきたからである。
だからなんでもこうして人間は風土と一体化して作られた文化的存在なのである。
原発でも日本の風土に適さないものだった。地震国であり津波もあったからである
アメリカの指導で最初作られたのでアメリカで竜巻を恐れていて地下に電源を置いたが日本ではそれは通用しなかったのも同じである。
こうした風土とか文化の相違を無視すると何でも災いが生まれてくる。
グローバル化というのはそうした風土とか文化を無視して単一化した価値観をおしつけるから危険なのである。
それはアメリカの一国支配の横暴にもよっているのである。

人間の体も地が血であるようにその土地から植物のように作られているのだろう。
その住む土地から離れて人間もないのである。
だからその風土の制約からいくら科学技術が発達しても離れられない
それは宿命的なものである。それを無視すると災いが起きる
日本人は明治維新後あらゆる面で欧米化を制限なくしてきた
食生活でもそうでありそれが今になって災いになってきた。
日本人は何でも取り入れて豚でも牛でも鶏でも食べすぎるのである
それは欧米人は肉食民族だから体が肉食に適応するようになっていた。
日本人は肉食民族ではないからそうした体になっていなかった
そして癌がふえたのはそういう日本の風土に適した古来からつづいた食生活をしなかったからである。
肉とか乳製品のチーズとかあらゆるものを食べすぎてるのである。
野菜と魚と穀物類を主体にして肉類は極力さけるものだった。
もちろん江戸時代は栄養失調で目が見えない人が一割くらいいたというから
江戸時代の食生活はいいとはならない
外国から入るのものが何でも悪いともならない
ただ日本に適したように取捨選択が必要だったのである。
日本では宦官制度を入れないとか外国文化を入れるときは取捨選択していたのである。

明治維新後はあらゆるものを取捨選択なしで入れてしまった。
結果として日本の文化が破壊されて日本人とは何かさえわからない
日本を建て直すにはやはり日本古来からつづいたものを伝統は見直すことなのである。
だからといってキリスト教が悪いとか外国の文化でも宗教でも何でも否定することではない
いいものは取り入れ悪いものは取り入れないということである。
明治維新とは復古でありもともとあった日本人の精神の復活だったのである。
でも全くあらゆる面で欧米化したものとなり日本の文化は破壊されてしまったのである。
いづれにしろ60代以降は健康が最大の問題である。
あんなにあっけなく死んだら巨万の富があっても何にもならなかったとなる
もちろんその人は金持ちでない普通の人だからそんなことはない
ただ同じ年で癌で死んだということはショックだった。
自分も病気になったからいかに60代以降は健康が大事かということである。
少なくとも自分はあと十年は元気でいたい。
そうすればなんとか仕事が作品が成就するだろう。
同じ病気の人が十年生きているから他の病気にならないなら生きているだろう。
それでも人間はいつ死ぬかは百歳になってもわからないものだと思った。
癌で死んだ人の義理の母親は今も施設で生きている
義理の子供でも今では子供の方が早く死ぬということも超高齢化社会で起きているのである。
なぜなら60代で一割の人間はすでに死んでいるからである。
そういうことが起きても不思議ではないのである。



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