2006年09月10日

虫の音(丸森と相馬)

虫の音や昔せめぎあう城の跡

小さな城は実際は各地にある。出城のような小さいのもある。こんなところに城があったのかと驚くことが自転車で旅してあった。わずかに石垣が残るだけである。それでも攻防があり小さい城の城主は苦労した。小浜城もそうだろう。伊達という強大な敵に追われ会津に落ち延びた。勢力争いの狭間で苦労した。丸森にある行ったこともなかった城跡も城主が伊達と相馬で変わっていたのだ。これに象徴されるように小さい地域の城はそうした勢力争いの跡として残される。大きな城はわかるが小さい城は旅してもわかりにくい、それは昔のような街道を行かないから汽車だと余計わかりにくいのだ。

小さな城というとヨ−ロッパも小さな城が多いのだ。リヒテンシュタイとか小さな国がなぜ残っているのか?これが国なのか?これは相馬藩みたいなのが歴史の記念物のように残ったのである。ヨ−ロッパも国が細分化されているから日本とにていたのである。封建制がある国はヨ−ロッパと日本であり歴史的ににていたところがあったのだ。さいり屋敷で仙台銭が飾ってあった。丸森は仙台圏にある。相馬と丸森は隣同士で坂を越えると丸森に入るから坂が記憶に残っている。自転車で坂を歩き越えたことが記憶に残っている。

丸森で失敗したのは養蚕が盛んだったため桑の葉が蒸気でだめになるからと反対運動して汽車を通さなかったことが発展を遅らせることになった。阿武隈の山中には実に養蚕の農家が多いし今でも養蚕のために大きな古い民家が残っている。二階が養蚕にしていたから作りを見るとわかるのだ。

伊達と相馬の戦いは再三あったしせめぎ合いがつづいたのだろう。そういう争いも時がたてば忘れられその城の跡も定かではない、そこに聞こえるのは虫の音である。人間の熾烈な争いも時がたてば忘れられあとに聞こえるのは虫の音だけである。

阿武隈川流域のまち・丸森を訪ねて 
http://www.townnet.com/tsunagu/marumor.html

このサイトは丸森を良く説明している。不思議なのは地元の人が地元の歴史を詳しく説明するのもあるが外部の人がかえってその特徴をとらえ説明しているのも多いしかえってその説明に啓発されるのだ。インタ−ネットは経済的に衰退しても情報分野では地域はいろいろな面からスポットライトをあびるようになっているのだ。無料で発信できるからいくらでも書けるからインタ−ネットは便利なのである。何か制限されると書きにくくなるから本を出すようなことしていたら書けないのである。本もインタ−ネットの時代に過去の遺物となるかもしれないのだ。本はあまりにも制限された一般人がかかわりえない世界だからだ。
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