2006年09月04日

認知症キ-ワ-ドの私の答え(続)

●認知症は直るのか

認知症の根本的病理である記憶障害は直らない、整理できなくなることや銀行のことなど抽象的思考、計算などができなくなることも直らない、前頭葉が働かず理性が働かなくなる。でも感情領域は正常に残っているから喜怒哀楽が残り侮蔑されたりすると怒る。自尊心ももっているから自尊心をもたせると気分よくして自信を持ち症状が改善する。

●認知症 作業療法 役割

作業療法は効果的である。洗い物や洗濯、掃除など簡単なことをさせると何かの機能を取り戻して症状が改善する。料理はむずかしいからできないが簡単なことはやらせることである。

●認知症になる原因

認知症になる原因は個々によって違っているから特定できない、体の異常から心臓病とか高血圧とか糖尿病とかも関係しているのかはっきりしない、脳血管性認知症といっても脳梗塞で機能が麻痺するのと認知症は根本的に違う、認知症の根本病理は記憶障害なのである。忘れ方が普通ではない、5分前したことをまるっきり忘れる。食事したことをすっかり忘れる。この忘れ方が異常なのだ。どうしてこんなに忘れるのか記憶する能力が喪失するからだ。でも全部忘れるのではなく大事なことを記憶していることもある。忘れてはならないと注意しているから忘れないのかもしれない、でも普通は忘れる。今も記憶できないのだ。

●認知症のレベル

今日話を聞いたのでは先生の夫婦で妻がひどい認知症になった。一方80近くで妻は72才とか言っていた。その妻はヘルパ−の人がきてもなんでくるのだとか怒ったり食事を用意してもみんないらないとか並べたものをひっくりかえしたり暴言をはく、重度の認知症で介護度も最高級らしい。認知症の重度になったら手がつけられない、一時私の家族でも経験したが暴力に向かう人を引き離して生活するようにしたら穏やかになった。身近な人になぜか攻撃的になる。その相手は夫や嫁や息子だったりになる。この原因はなぜなのかわからない、もともと関係よかったらそうはならないはずだから、夫婦として何十年も暮らしている人がなぜそうなるのかわからない、妻が夫に信じられない暴力をふるってくるのだ。ただこれには原因がわかる場合もある。女遊びしていたとか何か妻にとって怒らせるものがあったとき夫に辛くあたるのだ。それは原因がはっきりしている。

ただ夫婦円満なものがなるとしたらわからない、認知症のレベルはただ忘れるということ知能が低下するだけならそれほど困らない、これが暴言、暴力となるとレベルが高くなり手に負えなくなる。認知症にはなぜ暴れるのか個々に調査してみる必要があるのではないか?単に脳機能の損傷でなるだけではなく人間関係とか環境因子が原因になっているのではないか?つまり脳の中を科学的に機械で見ただけではわからない、だからその家庭の人間関係とかを良く知らないとその原因はわかりにくい、どうしてそんなに暴れるようになったのか、それは必然的に脳の機能が低下してなるのか?それとも人間関係とか環境因子が関係しているのか?その見極めが必要でありこれは個々の家庭環境だからなかなか外からは複雑でわかりにくいから困る。でも脳の写真をいくらとってもわからないのではないか?それだけでは解決しないものがあるから未だに医者すら科学者でも有効な治療方法がないのである。

●認知症の問題に患者、家族、医者、施設職員の協力が必要

いづれにしろ認知症については困った人が大勢いるのだから医者でも患者でもその家族でも施設の職員でも共同研究の協力をするべきなのだ。インタ−ネットはかなり参考になっているが医者とか病院は適格な情報をだしていない、商売だから企業秘密なのかインタ−ネットには触りしか出していない、これは商売になるとどこでもそうである。情報だって商売の種だからいい情報はなかなかでてこないのだ。しかし病気に関しては患者とかもその症状とかを調べて互いに病気について詳しくなれるのだ。とにかく認知症については共同研究が必要であり患者の家族は大きな役割を果たすことができる。その原因は何なのか、いい治療方法、対処方法があるのか、こうしたらかまくいったとかの報告を知る必要があるのだ。これは医者とか病院だと正直の報告がなくいい面だけが強調されるが悪い面も知る必要がある。その辺がなかなかわかりにくいのでインタ−ネットで知るのにも限界があるとなる。

●インタ−ネットの協力には限界が

インタ−ネットはまた分散しすぎてわかりにくい、誰かがまとめ役となり個々の認知症の症状や改善した報告などをまとめる、分類することなどが必要なっているのだ。これは個々の日記を詳細に読めば多少はわかるのだがなかなかむずかしい、誰かがこうした情報のまとめ役、分類役、案内役が必要になっているのだ。しかしこれも実際はなかなかむずかしい、相手を知ることがインタ−ネットでは限界があるからだ。家庭状況にしてもインタ−ネットだけから深くしることはできない、ところが認知症は相手のこと個人でも家庭環境でもかなり詳しく知らないとわからない、対処しようがないのだ。それをするとなるとインタ−ネットだけからではわからないのだ。そこにインタ−ネットの限界を感じる。でもそれなりに情報の収集には役立つからなお試みているのだ。
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