2006年08月26日

認知症の暴力の原因(感情と理性(前頭葉))

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●認知症には頼る場所がない人がいない

認知症ほど謎めいた病気はないと何度も書いてきた。結局それは人間の脳とか心が関係している最もわかりにくい分野だからである。脳をどんなにわかったように言う人がいてもそれはまやかしだとなってしまう。認知症の原因そのものがわからないからいろいろ言う人がいる。癌の原因もわからないから素人でもいろいろ言ってみたり癌にきく薬があるとかだまされる。結核とかはすでにわかっているから誰もだまされないがわからないものはいろいろとなんでも言えるのである。これはそもそも医者すらわからないと言っているのだから一体誰に頼ればいいのかとなる。神に頼り仏に頼ることもとめることはできない、認知症は医者の役割は極めて低いのである。「物忘れ外科」自体極めて少ない、大都市にしかない、5万くらいの都市にはないのだ。心療内科では認知症については治療できない、きく薬などもないのが現状なのだ。

●妄想は消える

盗ったとかの妄想はなくすことができる。せん妄なども一時的で消えることは確かである。その障害物をとりさったりその人にとって安心感のある空間とかヒュ−マンな対処によって妄想は消える。しかし物忘れのひどさは直らない、ただそこから派生する様々な問題は抑えることができる。ヒュ−マンな対処、人間的な対処の方がきくのである。認知症になったとき本人に自覚があり自分が見捨てられるのではないか、今までの人との交際もたたられ社会からも捨てられるのではないか・・・・様々な不安から一時的に暴れたのかもしれない、でも今はそうした障害物になるもの人でも取り去ったら精神的に安定してきた。嫁姑が対立するとき二人を引き離して介護すればいいとなるが家族が分断されたりするのでなかなかできない、認知症になったら極力姑をたてるほかない、そうすれば精神的に安定して自信をとりもどすことがある。ただこれは家庭の状況で個々に違ってくるからむずかしいのだ。妄想は一般的に一時的なものだというのは本当なのだろう。認知症の根本病理である記憶障害は消えなくても妄想は消える。物を今でもなくす、サイフもなくすが誰かが盗ったとはいわない、馬鹿になったなと笑って探しているから情緒的に安定している。この点は改善される。

●認知症は何もわからない人なのか

認知症の人は何もわからない馬鹿なのか?これも軽い内はわかりにくいのだ。感情部分は正常だというとき感情的なもの原始的なものは心の中核にあるからだろう。悲しい、うれしい、嫌いだ、好きだ、・・・・とかの感情は残る。ただ嫌なものは好きなものは好きとかはっきりとさせて自分本意のわがままになってしまう。嫌なものは受け入れない、ヘルパ−でも嫌いな人は受けいれない、正常な人でもそうしたえり好みはあるが認知症の人は極端である。だからいつも身近にいる人しか世話できないとか負担がかかるのだ。そして軽蔑されたとか馬鹿にされたとかはわかりそれを根にもつことがある。銀行で金をおろせず笑われたということが頭に残り馬鹿にされた思い銀行には行かなくなった。なぜ馬鹿にされたか笑われたかはわからない、金のおろし方がわからなくなったからである。そして自分でしたことを忘れているから失敗したのだ。自分の責任でそうなったのだが軽蔑されたということは覚えていてその不愉快な気分が感情がいつまでも残っているのだ。だから感情的いい気分になっていると情緒的に安定しているから問題行動は起こさないのである。

●認知症は感情が突出する

前頭葉が働かないというとき理性が働かない、抽象的思考ができない、これは文章が読めなくなる。文章は漢字などが読めなくなるのは漢字は抽象化した絵であるからだ。太陽とあれば太陽をイメ−ジしなければならないし山や川とあっても常にイメ−ジする働きが必要なのだがそれが脳の弱体化でむずかしくなる。つまり人間を人間たらしめたのは理性の前頭葉であり感情ではないのだ。感情で行動したら好き嫌いとかで行動したら常に喧嘩ばかりするようになるし人間は戦争で滅びてしまっただろう。嫌いでも付き合いしなければならないときもあるし自分の感情のおもむくままに行動はできない、頭に来てなぐりたいけどここはなんとか頭を冷し抑えておこうとなる。それで社会生活も成り立つのである。認知症になると感情は爆発して暴力になる。前頭葉−理性で抑えることができなくなるのだ。図では回りの前頭葉で感情が抑えられず前頭葉が正常に働かないので感情部分が突出して肥大化して抑えがきかなくなるのだ。
子供も感情の動物である。意にかなわぬことがあると欲望を達成するのには泣き叫んだり駄々をこねるとにているのだ。

●認知症には大人の知恵がまだある

では認知症の人とは会話がなりたたないのか、それが不思議なのは大人の会話も成り立つのだ。大人の知恵もある。社会現象にしても理解しているし大人見解を言うこともできる。例えば外に出るとゴミ処理で困る、なげる場所がなくなってゴミを持ち帰ることになるが自転車などではゴミをバッグに入れるとぐちゃぐちゃになったりして困る。それでゴミを入れる袋をもって歩く必要あるというのも本当である。そうした袋も売っている。それなら水がこぼれたりしないからである。大人として話が通じないわけではない、でも知能が低下するからなにかちぐはぐなものとなっている。全部が全部、正常な人のように話が通じる訳ではないのだ。これまでの大人として生活して理解したことがありそこからまともなことを言ったり知恵も出したりするからどこまで馬鹿で馬鹿でないのかわからないのだ。だから認知症になったということを気づかない知人もまだいる。ちょっと話したくらいではわからないからだ。このように認知症は人によってもいろいろ違っていて対処方法も違うからむずかしい病気なのである。

認知症の暴力の原因(プライドを失わない)
http://musubu.sblo.jp/article/6623991.html

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