2015年03月24日

失われた伝説の森の村(詩) (森におおわれていた飯館村)


失われた伝説の森の村(詩)


(森におおわれていた飯館村)

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人知れず花は草にうもれ咲き
石は頑なに太古の沈黙を守りぬ
森に覆われた村の家々は
一軒一軒隠されて森につつまれぬ
私はたずねぬ一日人も通らぬ木暗い道を
深い森に神秘の蝶は美しい羽根を広げ
ひそかに息ずき森に消えぬ
山鳩は睦み合い森につつまれ眠りにつく
その高原の村に銀河は流れ星々はきらめきあいぬ
ああ しかし今は人が住まぬ村となれり
住人は去り葦が茫々と茂るのみ
人散り散りになり消えにしや
いづこにありて故郷を思ふものなれ
人々の暮らしもここには絶えぬや
ただ寥々と葦笛の歌のみが奏でられる
森深く千歳の岩は再び沈黙に返る
伝説としてのみその村は語られるのみかも
石と石はなお相寄りてここに残りぬ
その村のことをなお語りつづけるや
石と石はやはりなお村の住人のごとく
ここに残りてなお動かざるかな
その一つの石は臥牛石なりしも
牛を飼い牛と共に暮らしありしも
そこを訪ねればやはり人の如く語るものかも
ただ失われた伝説の村の物語を・・・
ああ かつてはここにありしとなつかしく
帰れざる人々は哀しくも思うのみかも


飯館村は7割が森であった。だから江戸時代から森林資源が豊富だから争いも起きた。
玉野の木材資源の争いは有名だが飯館村でもあった。
飯館村は江戸時代から森の村だった。
飯館村は森林資源も豊富だが意外と平地も多く稲作の面積が広い。
でも高原で冷害があった。標高が高いから夏だと涼しいのである。
八木沢峠を越えて見ればわかる。あれだけ高いということである。
八木沢峠ではなく大倉から入ることもできる、ただ共栄橋のところにでると新しい道ができて車が通り安くなった。

でも自分はあそこに道がないとき通っていた。そこには隠されるように小川が流れていたあそこは神秘的な所だった。未だ人が入らないという山陰にあった。
自分としてはあそこが道になったのは残念だった。
今になると人が住んでいないからあの道を作っても無駄だったように思える。
ただ七曲がりの道は車では行きにくいから車を通りやすくするために道路を造ったのである。
大倉からでも相当な峠道でありまるで秘境への道のようににもなっていた。

一方川俣から来るとそんなふうには見えない、川俣は街であり道路沿いには食堂とか暗たし家もずっとあったからである。
福島市から来ても秘境という感じはしない、ただ南相馬市など浜通りから来ると山深いところを通るから感覚的に相当違っているのだ。
特に高の倉ダムから入る道は確かにやっと車一台くらい通れるにしても森の中の道であり一日車一台くらいしか通らない、その森の道をぬけてゆくと家がある所にでる。
その家も森に隠された家である。飯館村はそうして森の中に家があるのが多かった。
あんなところに家があるというのも不便であり家があること自体不思議に思った。
あそこは森の中の本当に暗い道なのであ。舗装もされていない原始的な道だともなる。

人間は森があるということは森林資源としても有効だが人間の心に相当影響する。
昼なお暗い森が亜ということはそこは瞑想るき場であり心を静める場所になる。
だからそういう場所をもつことは心に作用する。
だから森がないとか自然がないところに生活していると自分は住んでいられない
心鎮める場所がないからである。
ビジネスだけの工業と商業だけの世界では心が疲れてしまうだろう。
だから良く東京のような所に住んでいられるものだと思う
特に自分は隠者的傾向が強いからそうなる。
飯館村もそうだが丸森もまさに森とあるごとく森が深いのである。
そこで森にまよって抜け出れなくなったとき恐怖した。
延々と森がつづいていたのである。日本は山国であり森が多い国である。
外国でははげ山が多い、日本は森におおわれた国である。

ともかく飯館村からは人が去り葦原にうもれ原始の森がおおいそこに放射能の廃棄物が埋められる。そこには人が住まなくなり葦と森におおわれてしまうのか?
それは原始の状態にもどるということにもなる。
葦原でもやがて日本では木が生えて森になってしまうのである。
最近一年くらい飯館村に行っていない、やはり休む場所がないと行きづらい。
飯館村で意外なのは工場がありそこでは人が通っている、住んでなくても通う人が結構いるのである。
つまり農業だけではない牛を飼うだげではない工場もありその工場は放射能の被害がないから人が通っている。
第一次産業は放射能で汚染されたから致命的だった。
工業なら影響はほとんどないから仕事ができているのである。
だから飯館村は無人の村とも違っている、人が普通に出入りしている。
でも家があっても人は住んでいないのである。

飯館村の人が仕事がなくなりギャンブラーになったというときそれもまたこの辺で補償金をもらったため起きたことである。
ただ飯館村でもまでいな村とか原発とは関係しないだろう。
南相馬市では働きに言っている人が結構いたから関係していた。
飯館村となると原発のある双葉は遠すぎる。
川内村は三分の一が原発で働いていたから関係が深かった。
飯館村はそういう村ではなかったのである。

それにしても飯館村は伝説の村になった。津浪で一瞬にして消えた村も伝説になる。
こんなふうになるとはイメージすらできなかった。
ただ森とか山とか川とか自然そのものがなくならない。
石でも残っている、自然を破壊するのはダムとか道路工事とかの方が影響が大きいのである。
飯館村は常磐高速道路ができることを待ち望んでいた。観光客が来るのを待ち望んでいた都会の人にとって森の村でありオワシスとなった。
それも消えてしまったのである。
ただ森はあるのだから森を活かすことはありうる。
自分の想像では電気も水道がなくても放射能など気にしない人が住むようになるかもしれない。それは昔の自給自足的な生活になる。
ただ放射能を気にする人は住まない、水が汚染されたことは致命的だともなる。
水を買っていては自給自足にならないからである。
除染しても七割が森なのだから焼け石に水であり放射能がへるまでほうっ,ておくしかないとなる。
そうなると百年とか人が住まないで原始の森にかえる、ただ森がはげ山にはならない
木の放射の汚染は簡単にはとりさることができないからやっかいなのである。

とにかく

飯館村が原初の葦原になり伝説化した
(葦笛の詩として引用構成)

これ相当に読まれている。自分でもこんな詩があったことは不思議である。
なぜか飯館村の人たちの心境に一致していたのだろう。
ただ詩はむずかしいから普通は関心ないけどこんな状態だから読んでいるのだろう。



タグ:飯館村
posted by 老鶯 at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村
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