2015年03月21日

春の日(真野ダムで倉敷の人と出会う)


春の日(真野ダムで倉敷の人と出会う)

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真野ダム展望台

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一軒一軒復興住宅に春日さす
飛び来る鳥に匂える朝の梅
初蝶や栃窪に見てうれしかな
椿散り今し流れて消え去りぬ

イヌフグリ畦に満ち咲き田起こしの土黒々と田植えはじめむ
紛々と里には梅の香りかな草も萌えにつ我が踏み歩む
大岩の春日をあびて蕗の薹あまたいでにき流れひびきぬ
それぞれの形に石の並べられ春日をあびて所得るかな
石二つまた石二つ並びつつ夫婦のごとく春の日さしぬ
春日さし石に腰をおろしつつ我は休みつ人また来る
真日さして紅梅映えゆ赤々と椿もここにあまた散るかな


復興住宅も一軒一軒の方が景色にあうし春の日がさしてのどかな感じになっている。
団地だとやっぱり何か一軒一軒の家とは違っている。
今日は真野ダムの方まで行ってきた。春らしい春だった。
蕗の薹が一杯でていたし梅がいたるところでにおっていた。

真野ダムの展望台で倉敷の人と出会った。
その人は鹿島に実家があると言っていたが鹿島で育ったわけではない、自衛隊の関係でいたのだが今は倉敷に住んでいるという。子供連れだった。
倉敷はずいぶん遠いですねというと1200キロあるというから本当に遠い
常磐高速を来たという、それにしても遠い。
「倉敷は瀬戸内海は海が穏やかでいい、こっちは海が荒いから」
「このダム湖のように静かですよ」
「でも瀬戸内海は潮が勢い良く流れているだよな」
「ええ、潮の流れの強い所では魚が大きくなるんですよ」
「ええ、そうですか、やっぱり潮の流れにさからうとかで筋肉がつくのか」
「まあ、そういうことかも」
「鮎でも流れの強いところでは育ちますから、天然の鮎は肉がしまらないからうまくない」
その人は城に興味があるという。そういえば西の方は城がそれも大きな城が多い。
そして瀬戸内海に海と通じている城が結構多いのである。
それで相馬藩の初代の殿様が瀬戸内海の城をみて海に通じていることを見て一時小高の村上に城を築こうとしたのである。あそこはその時港があった。蔵まである港があった。
それは瀬戸内海の城を見聞してまねたのである。
瀬戸内海の城では明石城などが淡路島などが見えて気持よかった。
東北では海に面した城はないからである。

自分の場合たいがいその人が住んでいる場所に実際行っているから話を合わせられるのである。倉敷にも行っているし瀬戸内海も行っている。
日本全国ほとんど行っているからその人がどういう場所に住んでいるかたいがいイメージできるから話を合わせられるのである。
ただ海に通じている城が多いとしてもなかなかそこまで見るのは一回らいではむずかしいのである。海が近くでも見えない場合があるからである。
明石城ははっきり見えるからわかりやすかったのである。

田起こしされた田んぼが今年は多い、でも栃窪のほうになるとない、山側になるとまだ放射線量が高いからである。
南相馬市でも今年は6倍くらい作付き面積が拡大するというから相当に増える。
これも復興になる。常磐高速で来たというのも復興になる。
ただ飯館村などは復興しないだろう。草茫々に埋もれているだけである。
城に興味あるんだけどどこがいいですかと聞かれたから二本松の城は天守閣が高いところにあるから見物だと言った。
だから二本松の城に行くと言っていた。あそこの城は本当に高い所にある。
東北では城が少ないし小さいから見るべきものが少ないとは言える。
とにかく外からの人と話すと何か得るものがある。
いろいろな面で比較できるからである。
そもそも日本のことは外国と比べないとわからない
日本のことを日本人自身がわからないのである。
自分の土地のことも他の土地と比べてわかるのである。
ただそれにはその土地のことを知らないと話できないのである。
自分の場合たいがいその地を実際に踏んでいるから話ができるのである。
いづれにしろ倉敷は本当に遠いなと思った。

真野ダムの展望台にはいろいろな石が並べてあった。あの石も面白いと思った。
石に興味があるからそれぞれの石にも個性がありみんな形が違ってる。
形が違っていても調和するのである。
あそこは石の庭として面白い場所である。

ともかく飯館村でもアイノサワでもあそこに石がありあそこも人が来れば以前として活きることになる。人が来ないとそこは死んでしまう。
石すらそこに春日がさして人が座るとき活きたものとなる。
だから飯館村でも人がいなくなっても人が入る必要があるのだ。
そうすれば全く無人の死んだ村にはならないのである。
今日は何人かあそこに来ていたから活きている場所になっていた。


タグ:真野ダム
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