2015年03月17日

日本語は縄文定着文明に由来しているのか? (言葉から東西文明の相違を探る一つの試み)



日本語は縄文定着文明に由来しているのか?


(言葉から東西文明の相違を探る一つの試み)


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現代の学問はグローバル化しているからなかなか素人学問では追いつけないだろう。
「地球環境史学」というのは世界史を環境の分野から見る壮大なものだからである。
その中で日本の縄文定着文明が一つの文明として見直される。
縄文が文明だったのかという疑問があるがそれも一つの文明として見直される。
そんなに縄文文明が世界的に優れていたのかとなる。
日本人のアイディンティティのルーツは縄文時代一万年にあるというときその長さに驚くだろう。
ではその縄文人として受け継がれたものが何か残っているのだろうかとなる。
それは日本語に残された言葉にあるのかもしれない゛日本語自体が孤立語であり他の言葉と関連していないから未だに謎である。
たたその言葉がどういう成り立ちがあるのかというとその言葉を成り立たせたものその生活自体にあったということは推測できる。

その一つとして日本語はとるというのが基本語としてある。英語でも外国語でも基本語がありそれはインドヨーロッパ語族だと牧畜狩猟を基本にしていた生活から生れていることははっきりしている。have get cache drive ・・・・とか獲物を捕らえるという感覚の動詞が主体になる。haveだとこさはあまりにも多様な意味がある。単にもつだけではない、養うとかありそれは家畜を養うに通じているのである。
haveは明らかに基本語でありそれはその生活と密着しているからそうなる。
だから言葉は研究することはその民俗のありようとか考え方文化に通じることになる。
ただそれがあまりにも多様だから言語の研究はたいがい嫌になりあきらめることになる。
日本語もまたいろいろその起源を探ってみても実際は不明である。
だから結局徒労になる。あくまでもみんな仮設にすぎないからである。

言語を知るには返ってその生活のありようにこそ注目して言語をみるべきなのである。
日本だったらどういう生活をしていたかというと魏志倭人伝る。
魏志倭人伝には、「その地には牛・馬・虎・豹・羊・鵲なし」とあるごとくく牛とか馬とか羊でも知らなかったのである。
この相違は大きい、大陸では遊牧民はすべて牛であれ馬であれ羊であれそれを基にした生活でありそれが文明に発展したからである。
日本人は確かに鹿などを狩りしていたけど基本的には漁労民族である。
海の幸と山の幸に恵まれていた民族なのである。
山の幸は森の幸に通じている。だから牛とか馬とか羊は知らない民族だったのである。
最初に日本に来た人が中国人が日本人の特徴を的確にとらえていたのである。

ここで一つの基本語としてとるというのを例にすればここから発展する言葉が様々ありこれが日本語の基本語として発展する。
とるとは森などで栗でも木の実をとるということに通じている。
日々の暮らしが木の実をとることになっているからとるという言葉は基本語になる。
そのとるからとまるがありとむ(富む)がありとち(土地)がありとち(栃)が生れて派生語が生れてくるのである
最初に定着文明があったということになると人間は移動してばかりいたら豊かにはなれない、貯えることができないと富むことはできないのである。
だからとるからとむに発展した。縄文時代が縄文土器を作ったのはまさに富むための器を貯える器を作ったということで富むことになったのである。

それから恵み(めぐみ)という言葉がある、そのめぐみはめぐるからきている。
日本では恵みはめぐることである。めぐるとは水がめぐるように循環することなのである季節がめぐり恵みが与えられる。時もめぐるが水もめぐり大地を潤し恵みを与える。
それは弥生時代にも稲作になってもその生活は受け継がれた。
稲作も定着文明だから共通していたのである。
遊牧民は広範囲な大陸を移動する生活である。その生活のありようが根本的に違っていたのである。

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「地球文明の寿命」安田喜憲

東西の文明を考えるとき西洋の起源は狩猟牧畜に由来している。
そしてここで安田喜憲氏が指摘しているように大きな獲物を追って捕らえ食していたからその石器も大きかったというのも興味深い。
石器時代から東西の文明は根本的に違って発展したのである。
西の文化はそもそも石器時代からそれだけ動物を殺す道具が東より優れていた。
つまり西の文化は動物を殺す文明として石器時代から発展した。
それは現代と何の関係があるかというとその動物を殺す道具としての石器が巨大な殺戮機械に核兵器まで発展したといもはることができる。
西では戦争が歴史でもありたえまなく戦争していたから兵器の技術も発展していたのである。
西洋文明というとき科学技術文明のことでありそれは道具によって機械によって自然でも人間でも支配しようとするコントロールする文明である。
それは男性的原理からなる文明である。
それに比べ東は女性的原理かなる文明である。採集文明が木の実をとるのだからそれは狩りをするのとは違う動物を飼育するのとは違う馬にのるモンゴルのような生活とは違う、極めて女性でもできる作業なのである。

ともかく西洋文明と東洋文明とは何かというとそのテーマが大すぎるからそれを解くとなると様々な視点が必要になる。
ただなぜこれまで西の文化が優越になったかというとそれはやはり神が定めたものだろう聖書が生れたイスラエルは遊牧民のアジアの端だった。
では東洋となると東洋とはどこなのかなになのか明確ではない、そういう文明論などまだ解きあかせないからである。
日本は東洋文明だとしてもまた島国であり特殊な漁労採集民族だった。
それは西にはない文化を縄文文化を育んだ。
でもそういう日本の文化はないがしろにされてきた。
圧倒的な西洋文明により日本の文明は埋没して見捨てられていたとなる。
だから縄文文明が新しく見直されるときそれは国風文化の再興(ルネサンス)になるのである。
ただ縄文時代が遅れた文明のように見られているし日本の文化は圧倒的な西洋文明一色になっているからその発掘をすることが日本の発見にもなるのである。
だから外国語にばかり注目しているが「恵み」という言葉に何か日本文化の基本的なものがある。それは採集文化の女性のやさしさみたいなものが恵みにはある。
それは弥生時代の稲作文化の山から水がめぐり大地を潤しめぐる文化に通じている。
循環再生の文化である。

いづれにしろ今回の原発事故は様々なことを文明の転換すら要求される巨大事故だった。それは西洋文明すら見直すものとなったのである。
西洋文明の科学技術文明がたどりついたのが原子力だったとも言えるからである。
それは石器時代にすでにその萌芽があり今日いたっているという歴史の連続性がある。
一見世界を支配した科学技術文明が原発事故によって崩壊の危機にさらされたともいえるなぜなら原発事故であれ核戦争は人類滅亡に導くからである。
では東洋文明とは何かというとそれはあまりにも大きなテーマだし実際は日本文明が縄文時代でも文明と見ていないように発見されていないし日本人自身評価がしていないのである。野蛮なアフリカのような土人の作ったもののように見ていることでもわかる。
そして聖書のエデンの園では動物は食べていない、果実と木の実を食べていたのである。
そこには野獣はいない、ライオンとか肉食獣など獰猛なものいない、おだやかな草食獣とともに暮らしていた。
それは縄文人が一万年平和な暮らしをしていたというときまさに木の実や果実を食べていたからである。
肉食獣をとったり食べたりしている遊牧民から牧畜民から発した西洋文明はそうした東洋的平和な文明とは根本的に違っていて
弱肉強食の原理の世界、現代のような世界を作り出したともなるのである。
ただそれはあくまでも文明の相違であってそれぞれの良さがありそれを融合させるのが新たな文明なのである。
それがいち早く西洋文明化した日本にあると明治時代に指摘された。
それから百年以上すぎて原発事故がそういう西洋文明の転換をうながすものとさえなったのである。







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