2015年03月07日

抽象画ー樹齢千年の樹(幹の変化)


抽象画ー樹齢千年の樹(幹の変化)


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樹齢千年の樹

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ゼンマイ

抽象画が変化の芸術である。だからここでもさらに変化させると違ってきた。
幹を太くした方が貫祿が出る。
それから樹齢千年の樹というのもこんな感じの樹を実際に見たことがある
ゼンマイは元の絵をもっと取り入れた方が良かった。
ただこさを見ると元の絵がわかることが問題なのである。
その元の絵はインターネットはわからない
そこがインターネットでは抽象画にしやすいということがある

文章でもインターネットではコピーしないまでも似たようなものを自分のもののようにして作り上げることができるからだ
編集してつなぎあわせるというなにかそれが元の文とオリジナルなものと区別できなくなるのである。
それが極めてインターネット的なのである。
インターネットが集合知だなどということを言う人がいた。
確かに様々な知識が集合して一つの独創性ももつことがありうる
この世に膨大な知識があってもそれを利用することはもう不可能である。
知らない知識は宇宙の星のように多すぎるのである。
インターネットで人工知能を作ろうとしているのはそうした集合知を作ろうとしている
本を買うにしても前と違って文章を書くのに自分の文脈を作るために
キーワードとかで関連したものを買ったりする
つまり関連したものを買うのには便利だということである。
ただ本のように長いもの中味が濃いものは出ていないのである。

ただインターネットでは自分で本を読んでそれを独創的に解釈するということがやりやすい、本は読んだままでは読んだことにならない
自分なりに読むということが読んだことになるのである。
他人が発見したことを自分なりに解釈して評価するのである。
それを発表できることはやはり創造的になる。
ともかく他人の本でもこうした抽象画も他人の創作のオリジナルの二次利用なのである。

タグ:樹の抽象画
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