2015年03月05日

復興とは経済的復興だけなのか? (田がない田園都市がイメージできない)


復興とは経済的復興だけなのか?


(田がない田園都市がイメージできない)

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田んぼがあり山から水が流れてきて山の神の信仰が生まれた
それは江戸時代の前からつづいていたのである。
その田んぼがなくなる世界がイメージできない
そこで思考停止になってしまう

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田んぼなくなったあとの世界がイメージできない
田園都市とは何なのか?
田んぼがなん田園都市が日本ではありうるのか?
そこは公園のようなものになるのか、原始の森になるのか?
その変化に対応できない
ひまわりを植えてひまわりの田園都市なのかともなる
ひまわりから何もとれない、食料にはならない
ただの花畑にしてて田園都市なのだろうか?



今回の津浪とか原発事故が提起した問題は何なのかというとあまりにも多岐にわたるから様々な見方が生まれた。
経済的側面からのみ語られのは震災前からの継続である。
福島県の人口は実際は減っていないとか経済的損失はそんなにないとかそういう本もでていた。
そもそも第一次産業は浜通りでも一割にも満たないのである。
まず漁業などは零細であり宮城県からする10分の一とかしか漁獲量がなかった。
農業はそれなりの規模があったから違っていた。
ただこれも跡継ぎがいないとか全国的にも農業の問題は同じである。

ただ第一次産業というのが何を意味しているのか?そのことが問われたのである。
何度も書いてきたように農業であれ漁業であれ林業であれ建築土木ですらその土地と密着した仕事なのである。
小高の大工さんには本当に感心した。庭作りから大工でも壁塗りから何でもできる万能の人だった。そして庭作りは農業の知識が必要である。
なぜならまず木を植えたり花を植えたりするのは農業と同じなのである。
だから第一次産業は農業だけでもない裾野が広いのである。
確かに今の時代は会社中心であり工業中心だけど地方では以前として第一次産業の重みがある。
それは統計的には一割にもみたない、だからこの辺で別に田畑を作らなくても今ならいくらでも食料が入ってくるから生活できる。
米なんか減反で余っているから補助金で零細農家は兼業農家は収入になっているんだよとか言われてきた。そういう事情もある。
農家に嫁いだ女性は農業などしていない、田んぼはあっても他にまかせているだけであり本人は何もしない、農作業すらしたこともないのかもしれない,夫は会社員であり妻も会社で働いているだけなのである。つまり田畑をもっていても何もしない嫁が多くなっているのがいるのが今の実情である。
昔の農村の嫁のイメージとは違っている。

自分の場合はこうした農業などの第一次産業がすでに田舎でも全体の一割にも満たないということがあってもそもそも田んぼがない田舎がイメージできるかとなるとできないだろう、田舎とは田があって田舎であり田園としとは田があって田園都市になっている。
そもそも自分はそうした統計的数字としての第一次産業ではなく農業ではなく
現実の感覚としての第一次産業なのである。
山があり森があり田畑があり海があり漁業があるという風景が作りだしている田舎なのである。
柳田国男が民俗学を創始したのは日本文化としての日本人の魂を形成してきた文化の考察だったのである。経済的数字とか生産力としての数字ではないのである。

だからそれは日本人の信仰にまでなっていた。山から水が流れて田に流れる、それで山の神は田植えのとき平地におりてくる。そして山には先祖が眠るとなったのは田作りから起きた信仰なのである。
それは日本人の信仰までなったということ単に米を作り腹を満たすだけではなくなっていた。
外国でもオーストラリアでもアメリカでも飛行機で種まいて米を作っているが日本のような長い年月で培われた文化にはなりえないのである。
それは効率的に食料を大量に作るというだけである。
経済性だけが問題に世界である。

日本の田んぼは文化であり日本人の文化を精神を育んできたということがある。
だから田んぼがなくなった荒野となった風景は何なのだろうと思って今までも報告してきた。
田んぼがない風景というのがイメージできないからである。
それで復興というとき一体何が復興なのだろうとなる
田んぼがない復興とはどういうことなだろうとなる
田んぼなどなくても街は成り立つといっても何百年もつづいた田んぼがなくなるということが田んぼがない田舎はどうなるのかということがイメージできない
それだけ衝撃が大きかったのである。
田園としていってもその肝心の田がない田園都市がありうるのか?
北海道とかは牧場地帯でありヨーロッパでも牧場都市があるから田がなくてもありうる。飯館村などは牛の村だから牧草地があるから田んぼだけではない
でも飯館村では広いから田んぼの面積も広かったのである。
そこは牧場的風景でもなかったのである。
農民でなくても別に田畑で農作業しなくても景観が人間の心を精神を作ることがある。
景観の影響は思った以上大きいのである。
だから旧街道の日立木から相馬市のことを何度もプログで書いてきた。

五本松のことも書いた。

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五本松ここまた通り冬田かな

冬田というのがあって五本松がありそれが心に深く影響する。なぜなら五本松には人間を見ているし冬田もそれは南相馬市のような荒野になったのとは違う。
冬田は田であり春には田植えをして米をとる生活の場なのである。
冬田はまさに田園都市を形成する田なのである。

要するに現代はすべて経済的統計として数字で量で計る。でも計り得ないものがそこにはあった。それが文化的側面でありそれは精神を形成するものだせどそこはあまり語られないのである。
シュペングラーの指摘したのはまさに文化的な喪失による人間の精神の危機を警告していたのである。
ともかく田園都市が復興の目的だとしてもその田園とは何なのかと問われる。
それは公園がある近代都市なのか?何なのだろうとなる。
そういう文化的な面からも精神的な面からも復興を考えねばならないのである。
ただ今までのように経済的指標だけを問題にすれば原発というのも経済的恩恵は大きいのだから原発はいいものだとなり再稼働しろとなる
現実に大熊町長はもう原発なしでやっていけない町の事情を訴えていることでもわかる。


タグ:復興
posted by 老鶯 at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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