2015年02月23日

五本松俳句十句 (日立木から相馬市の城跡へ)


五本松俳句十句


(日立木から相馬市の城跡へ)

5555555mmmnnn.jpg
クリック拡大

草の花たどれる道や五本松
五本松老人集まり秋日没る
高齢化芒のあわれ五本松
夜もふけぬ月影さして五本松
冬の朝身の引き締まり五本松
冬日没る鬼越館に五本松
五本松ここに変わらじ冬田かな
五本松質実にして冬田かな
春北風に日も暮れなむや五本松
春の暮城跡たずね五本松

昔の街道には浮世絵でも良く松がでてくる。その松もいかにもいい松なのである。
街道にはどこでも松並木がありいい古い松があった。
日本は松の国である。松は何か人間に見えるのである。
今はそうした風景も何か脇道に取り残されたようにある。
それは車社会になったとき街道もすたれ松も映えなくなったのである
車社会は風景も破壊したのである。
五本松はどこにでもあった。それも歩いてゆくとき五本の松があると感じる。
車だったら一本一本の松を感じないからである。
五本松から日立木から松並木を通り相馬の城跡へ行く道は昔の街道を感じる道である。

こういう昔を感じる、歴史を感じるためには何回も日常的に往き来していないと感じられない、季節の変わってゆくなかでも感じるからだ。
自然と人間が一体化するというのは現代では本当にむずかしくなった。
生活のテンポが早すぎることもある。
自然はやはり悠長なときに自然のものと一体化するのである。
ともかく現代は何か自然と一体化しないから人工的になりすぎて索漠とするのである。
あそこに五本松があると何がほっとするのである。
ただ芸術は必ず時代の影響を受ける
高齢化社会だというときあの松も老人なのかと感じる
なぜなら相馬の道の駅にいつも老人がちょうど五六人集まっていたからである。
あそこはそういう場所にふさわしかったのである。
何することもなく集まって日が暮れると去って行っていたのである。
冬はさすがにいなかった。


 
タグ:五本松
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/114165084
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック